遺留分の金銭の支払を待ってもらえる場合
亡くなった父の遺言により、私が実家を相続いたしました。ところが、妹から遺留分を侵害されているとして金銭の支払を求められております。実家のほかに見るべき財産はなく、直ちに金銭を用意することができません。実家を売れば支払えますが、そこには私が住んでおります。どうすればよいのかが分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。遺留分を侵害された者は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法第1046条第1項)。平成30年の相続法の改正により、遺留分に関する権利の行使は金銭債権として構成されております。これに対し、受遺者又は受贈者が直ちに金銭を準備することができない場合には、裁判所は、その請求により、金銭債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができるものとされております(民法第1047条第5項)。この制度は、居住する不動産を承継したものの現金を有しないという事案を想定して設けられたものでございます。本記事では、期限の許与の内容と、実務上の対応を整理いたします。
第1節 期限の許与の制度
1 制度の内容
裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、遺留分侵害額に相当する金銭債務の全部又は一部の支払につき、相当の期限を許与することができるものとされております(民法第1047条第5項)。
平成30年の改正の前は、遺留分減殺請求により目的物について共有持分が生じるという構成でございました。改正により金銭債権に一本化されたことに伴い、直ちに金銭を用意できない受遺者等への手当てとして、この制度が設けられたものでございます。
表1 制度の枠組み
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 請求できる者 | 受遺者又は受贈者(遺留分侵害額を支払う側) |
| 判断する者 | 裁判所 |
| 対象 | 金銭債務の全部又は一部 |
| 内容 | 相当の期限を許与いたします |
| 根拠 | 民法第1047条第5項 |
| 効果 | 許与された期限までは履行遅滞とならないものと解されます |
2 訴訟の中で請求いたします
期限の許与は、裁判所が判断するものでございます。したがって、遺留分侵害額の請求を受けた訴訟の中で、これを請求することになります。任意の交渉の段階では、当事者間の合意により支払の方法を定めることになります。
3 「相当の期限」の考え方
どの程度の期限が相当かについて、法律に具体的な定めはございません。次のような事情が考慮されるものと考えられます。
表2 期限の許与において考慮され得る事情
| 事情 | 内容 |
|---|---|
| 支払う側の資力 | 現預金、収入、他の資産の状況 |
| 承継した財産の性質 | 換価が容易か、居住に用いているか |
| 資金の調達の見込み | 融資の可否、他の資産の換価に要する期間 |
| 請求する側の事情 | 生活の状況、支払を待つことによる不利益 |
| 金額の規模 | 直ちに支払うことが可能な額か |
| 債務の額と資産の均衡 | 承継した財産の価額との関係 |
| 従前の経緯 | 当事者間の交渉の経過 |
4 全部か一部か
期限の許与は、金銭債務の全部についてすることも、一部についてすることもできるものとされております。したがって、一部を直ちに支払い、残額について期限の許与を受けるという内容も考えられます。
第2節 主張と立証
1 資力を示す必要がございます
期限の許与を求めるには、直ちに支払うことが困難であることを示す必要がございます。抽象的に「お金がない」と述べるだけでは足りません。
表3 主張を裏付ける資料
| 区分 | 資料 | 示される内容 |
|---|---|---|
| 現預金 | 預貯金の残高証明書、通帳の写し | 直ちに支払に充て得る資金の有無 |
| 収入 | 源泉徴収票、確定申告書 | 返済の能力 |
| 負債 | 借入れの明細、返済の予定 | 返済の負担 |
| 資産 | 不動産の登記事項証明書、有価証券に関する資料 | 換価し得る資産の有無 |
| 融資 | 金融機関とのやり取り、審査の結果 | 資金の調達の見込み |
| 居住 | 住民票、家族の構成 | 承継した不動産に居住していること |
| 計画 | 資金の調達の計画 | いつまでに支払い得るか |
2 支払の計画を示すこと
単に支払えないというだけでなく、いつまでにどのような方法で支払うのかという計画を示すことが重要でございます。融資による調達、他の資産の換価、収入からの分割による支払といった具体的な道筋を、資料とともに示します。
3 金融機関への相談を先行させる
融資により調達する計画である場合には、あらかじめ金融機関に相談し、可否及び条件を確認しておくことが望まれます。訴訟が進んでから相談したのでは、期限の許与の判断に間に合わないことがございます。
4 請求する側の事情も考慮されます
期限の許与は、請求する側の権利の実現を遅らせるものでございます。したがって、請求する側の生活の状況、支払を待つことによる不利益も考慮されるものと考えられます。相手方が生活に困窮している場合等には、長期の期限が認められにくくなる余地がございます。
第3節 合意による解決
1 当事者間の合意
期限の許与は裁判所が判断するものでございますが、当事者間の合意により支払の方法を定めることも可能でございます。むしろ、実務上はこちらの方が一般的でございます。
表4 合意により定め得る支払の方法
| 方法 | 内容 | 留意点 |
|---|---|---|
| 一括での支払の猶予 | 一定の期日までに一括して支払います | 期日までに資金を確保する必要がございます |
| 分割払 | 複数回に分けて支払います | 期限の利益の喪失の定めを設けることが一般的です |
| 不動産の売却による支払 | 承継した不動産を売却し、その代金から支払います | 売却の時期及び価格の見込みを共有いたします |
| 代物弁済 | 金銭に代えて不動産の持分等を給付いたします | 双方の合意が必要でございます。税務上の取扱いにも留意を要します |
| 一部を直ちに、残額を分割で | 組み合わせる方法でございます | 柔軟な解決が可能となります |
2 合意書に定めるべき事項
表5 支払に関する合意書の記載事項
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 債務の額 | 遺留分侵害額として確定した金額 |
| 支払の方法 | 一括か分割か、回数 |
| 支払の期日 | 各回の期日 |
| 支払の方法 | 振込先 |
| 期限の利益の喪失 | 何回の遅滞により残額を一括して支払うか |
| 遅延損害金 | 遅滞した場合の取扱い |
| 担保 | 抵当権の設定、連帯保証の有無 |
| 清算条項 | 他に債権債務がない旨 |
| 公正証書 | 強制執行認諾文言付きとするか |
3 担保の設定
分割払とする場合、請求する側にとっては回収の確実性が問題となります。承継した不動産に抵当権を設定する、公正証書により強制執行認諾文言を付するといった方法により、回収の確実性を高めることが考えられます。
4 代物弁済という選択肢
金銭に代えて、承継した不動産の持分を給付するという方法もございます。改正により遺留分に関する権利は金銭債権とされましたが、当事者が合意すれば、代物弁済により不動産の持分を移転することは可能でございます。もっとも、共有関係が生じることになりますので、将来の紛争の火種を残す面がございます。また、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
第4節 実務上よく起きる問題
1 支払わないまま放置してしまう
資金がないことを理由に支払わないまま放置すると、履行遅滞となり、遅延損害金が生じます。また、強制執行により承継した不動産が差し押さえられる可能性がございます。期限の許与を求めるか、合意により支払の方法を定めるか、いずれかの対応が必要でございます。
2 金額そのものを争うべき場合
支払の方法の前に、そもそも遺留分侵害額がいくらであるかを検討する必要がございます。不動産の評価、算入される贈与の範囲、控除すべき債務によって、金額は大きく変わります。金額を争わずに支払の方法のみを協議することは、適切でない場合がございます。
3 居住を続けたいという希望
承継した不動産に居住を続けたいという希望がある場合には、売却による支払ができません。融資による調達、収入からの分割払といった方法を検討することになります。金融機関への相談を早期に行うことが重要でございます。
4 期限の許与が認められないことがある
他に相当の資産がある場合、承継した不動産の換価が容易である場合等には、期限の許与が認められにくくなる余地がございます。制度に依拠することを前提とせず、資金の準備を進めることが望まれます。
5 請求権の期間の制限
遺留分侵害額の請求権は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅いたします。相続開始の時から10年を経過したときも同様でございます(民法第1048条)。請求を受けた側としては、この点の検討も必要でございます。
6 相続税の負担との関係
不動産を承継した場合、相続税の負担が生じることがございます。遺留分侵害額の支払と相続税の納付とが重なると、資金の負担が大きくなります。相続税に関する事項は税理士にご確認ください。
第5節 検討する選択肢
1 選択肢の全体像
表6 支払を求められた場合に採り得る手段
| 手段 | 内容 | 期間の目安 | 適する場面 |
|---|---|---|---|
| 金額の検討 | 評価、贈与の範囲、債務を検討し、金額を争います | 数か月 | まず行うべき検討です |
| 期間の制限の検討 | 請求権が時効により消滅していないかを確認いたします | 数週間 | 相続開始から期間が経過している場合 |
| 合意による分割払 | 当事者間で支払の方法を定めます | 数か月 | 協議が可能な場合 |
| 期限の許与の請求 | 訴訟の中で裁判所に請求いたします | 訴訟の期間によります | 協議が調わない場合 |
| 融資による調達 | 金融機関からの借入れにより支払います | 数か月 | 居住を続けたい場合 |
| 不動産の売却 | 承継した不動産を売却して支払います | 数か月から1年 | 居住の必要がない場合 |
| 代物弁済 | 金銭に代えて不動産の持分を給付いたします | 数か月 | 双方が合意する場合 |
2 まず金額を検討すること
支払の方法を検討する前に、支払うべき金額そのものを検討することが先決でございます。不動産の評価が高すぎないか、算入すべきでない贈与が算入されていないか、控除すべき債務が漏れていないかを確認いたします。
3 早期に金融機関へ相談する
融資による調達を検討する場合には、早期に金融機関へ相談することが重要でございます。相続に関する借入れについては、必要な資料及び審査に時間を要することがございます。
4 合意による解決を目指す
期限の許与は裁判所の判断によりますので、必ず認められるとは限りません。当事者間の合意によれば、分割の回数、期日、担保の設定について柔軟に定めることができます。まず協議による解決を目指すことが現実的でございます。
第6節 案件において確認すべき事項
1 資料の確認
表7 ご相談の際に確認する資料
| 区分 | 資料 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 相続 | 遺言書、被相続人及び相続人の戸籍 | 遺贈等の内容、相続人の範囲 |
| 請求 | 相手方からの請求の書面、訴状 | 請求の内容と金額 |
| 財産 | 不動産の登記事項証明書、評価に関する資料 | 基礎となる財産の価額 |
| 債務 | 借入れの明細 | 控除すべき債務 |
| 贈与 | 贈与に関する資料 | 算入される贈与の範囲 |
| 資力 | 預貯金の残高証明、源泉徴収票、確定申告書 | 支払能力 |
| 融資 | 金融機関とのやり取り | 調達の見込み |
| 居住 | 住民票、家族の構成 | 居住の継続の必要性 |
2 確認する事項
表8 方針の検討において確認する事項
| 事項 | 確認の内容 |
|---|---|
| 金額の当否 | 請求されている金額が適正か |
| 期間の制限 | 請求権が時効により消滅していないか |
| 直ちに支払える額 | 現預金その他により支払い得る額 |
| 不足額 | 調達を要する額 |
| 調達の方法 | 融資、他の資産の換価、収入からの分割 |
| 居住の継続 | 承継した不動産に住み続ける必要があるか |
| 相手方の事情 | 支払を待つことによる不利益があるか |
| 担保の提供 | 分割払とする場合に担保を提供し得るか |
第7節 弁護士に相談する意味
遺留分侵害額の支払を求められた場面では、金額の検討と資金の準備とを並行して進める必要がございます。
第一に、金額そのものの検討が必要である点です。不動産の評価、算入される贈与の範囲、控除すべき債務によって、金額は大きく変わります。支払の方法のみを協議する前に、金額の当否を検討することが先決でございます。
第二に、期限の許与が当然に認められるものではない点です。裁判所が相当と認める場合に許与されるものであり、他に資産がある場合等には認められにくくなります。制度に依拠することを前提とせず、資金の準備を進める必要がございます。
第三に、合意による解決の方が柔軟である点です。当事者間の合意によれば、分割の回数、期日、担保の設定について柔軟に定めることができます。もっとも、請求する側にとっては回収の確実性が問題となりますので、担保の提供等により信頼を得る工夫が求められます。
弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、請求されている金額の当否を検討し、必要に応じて争うことです。第二に、請求権の期間の制限を確認することです。第三に、資力及び資金の調達の計画を整理し、資料により示すことです。第四に、合意による支払の方法を交渉し、合意書を作成することです。第五に、訴訟に至った場合に期限の許与を請求することです。なお、不動産の鑑定評価は不動産鑑定士、相続税に関する事項は税理士の業務でございます。
なお、具体的な交渉の進め方は、相続人の構成、遺産の内容、資力の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 直ちに支払えません。待ってもらえますか。
裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、金銭債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができるものとされております(民法第1047条第5項)。もっとも、当然に認められるものではなく、資力その他の事情が考慮されます。
質問2 どのくらいの期限が認められますか。
法律に具体的な定めはございません。支払う側の資力、承継した財産の性質、資金の調達の見込み、請求する側の事情等が考慮されるものと考えられます。事案により異なります。
質問3 実家に住み続けたいのですが。
売却によらずに支払う方法として、融資による調達、収入からの分割払が考えられます。早期に金融機関へ相談し、可否及び条件を確認しておくことが望まれます。
質問4 分割払にしてもらえますか。
当事者間の合意により分割払とすることは可能でございます。この場合、期限の利益の喪失の定め、遅延損害金、担保の設定を併せて定めることが一般的でございます。
質問5 お金の代わりに不動産の持分を渡せますか。
当事者が合意すれば、代物弁済により不動産の持分を移転することは可能でございます。もっとも、共有関係が生じることになりますので、将来の紛争の火種を残す面がございます。税務上の取扱いは税理士にご確認ください。
質問6 支払わないまま放置するとどうなりますか。
履行遅滞となり、遅延損害金が生じます。また、強制執行により承継した不動産が差し押さえられる可能性がございます。期限の許与を求めるか、合意により支払の方法を定めるか、いずれかの対応が必要でございます。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、遺留分侵害額の請求に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
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ご相談の際に、遺言書、被相続人及び相続人の戸籍、相手方からの請求の書面、不動産の登記事項証明書、固定資産税の納税通知書、預貯金の残高が分かる資料をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
弁護士費用については、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第1042条(遺留分の帰属及びその割合)、第1043条第1項(遺留分を算定するための財産の価額)、第1044条(算入される贈与の範囲)、第1046条(遺留分侵害額の請求)、第1047条(受遺者又は受贈者の負担額)、第1047条第5項(期限の許与)、第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
その他 遺留分に関する権利の行使を金銭債権として構成する規律及び期限の許与の制度は、平成30年の相続法の改正により設けられたものでございます。相続税に関する事項は税理士にご確認ください。
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