1年の期間の制限に間に合わせるための最初の一手

父が亡くなって半年が過ぎた頃に、遺言により兄がすべての不動産を取得することを知りました。遺留分を請求できると聞きましたが、不動産がいくらになるのかも分からず、遺産の全体も把握できておりません。金額が分からないまま請求してよいのか、それとも調べてから請求すべきなのか判断がつきません。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。まず、期間内に遺留分侵害額の請求をする旨の意思表示を行ってください。金額が確定していなくても構いません。遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅いたします(民法第1048条)。この1年という期間内に相続財産の調査を終え、不動産の評価を確定させ、協議を尽くすことは通常できません。したがって、実務上は、まず意思表示を行って期間の制限に対応し、その後に金額の算定と協議を進めるという順序を採ります。本記事では、最初に行うべきことを具体的に整理いたします。

第1節 期間の制限の内容

1 2つの期間

表1 遺留分侵害額請求権の期間の制限

期間 起算点 内容
1年 遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時 この期間内に権利を行使しないときは、時効によって消滅いたします
10年 相続開始の時 知っているかどうかにかかわらず、この期間の経過により権利を行使することができなくなります

2 1年の起算点

起算点は、単に相続の開始を知った時ではありません。「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったこと」を知った時です。

したがって、次の各時点を区別して確認する必要があります。

表2 起算点の判断において確認する事項

事項 確認の内容
相続の開始を知った時 被相続人の死亡を知った時点
遺言の存在を知った時 遺言があることを知った時点
遺言の内容を知った時 自らの遺留分が侵害されていることを知った時点
贈与の存在を知った時 生前贈与があったことを知った時点
贈与の内容を知った時 贈与により遺留分が侵害されていることを知った時点

被相続人の死亡は直ちに知ったものの、遺言の内容を知ったのは数か月後であったという事案は少なくありません。この場合、起算点は遺言の内容を知った時点となると解されます。

また、生前贈与により遺留分が侵害されている事案では、贈与の存在を知った時が問題となります。預金の取引の履歴を確認して初めて多額の贈与があったことが判明したという場合には、その時点が起算点となり得ます。

表3 起算点に関する典型的な状況

状況 起算点の考え方
葬儀の場で遺言の内容が読み上げられた その時点と考えられます
死亡から数か月後に遺言執行者から通知が届いた 通知の到達時と考えられます
検認の手続に立ち会った 遺言の内容を知った時点と考えられます
登記を確認して初めて名義の変更を知った 確認した時点と考えられます
預金の履歴を調査して生前贈与が判明した 判明した時点と考えられます

もっとも、起算点の判断は事案の事情によりますので、期間が経過しているように見える場合であっても、直ちに諦めるべきではありません。

3 10年の期間

相続開始の時から10年を経過したときは、権利を行使することができません。この10年の期間については、時効ではなく除斥期間と解する見解が有力です。

いずれにせよ、相続開始から10年を経過した後は請求することができませんので、古い相続について生前贈与が判明した場合には、この点を確認する必要があります。

第2節 まず行うべき意思表示

1 金額を確定させる必要はありません

遺留分侵害額の請求は、意思表示によって行います。この意思表示において、請求する金額を特定する必要はないと解されています。

すなわち、「遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求する」という趣旨が明確であれば足ります。相続財産の全体が把握できていなくても、不動産の評価が確定していなくても、意思表示を行うことができます。

表4 意思表示について誤解されやすい点

誤解 正しい理解
金額を計算してから請求しなければならない 金額の特定を要しないと解されています
相続財産の調査を終えてから請求すべきである 調査と並行して意思表示を先行させます
訴訟を提起しなければ権利を行使したことにならない 意思表示により権利を行使したことになります
弁護士に依頼してからでないとできない ご自身で行うこともできます
相手と話し合ってからでよい 話合いの最中に期間が経過することがあります

2 誰に対して行うのか

意思表示は、受遺者又は受贈者に対して行います。すなわち、遺言により財産を取得した者、生前贈与を受けた者が相手方となります。

表5 相手方の特定

状況 相手方
遺言により長男がすべてを取得した 長男
遺言により複数の者が取得した 取得した者の全員
生前贈与を受けた者がいる 受贈者。ただし負担の順序に留意が必要です
第三者への遺贈がある 当該第三者
遺言執行者がいる 受遺者に対して行います。遺言執行者にも併せて通知することが考えられます

受遺者と受贈者とがある場合の負担の順序については、民法第1047条第1項に定めがあります。受遺者と受贈者とがあるときは受遺者が先に負担し、受贈者が複数あるときは後の贈与に係る受贈者から順に負担するものとされています。

もっとも、期間の制限に対応する段階では、負担の順序を精査するよりも、財産を取得した者の全員に対して意思表示を行っておくことが安全です。

3 書面の記載事項

表6 意思表示の書面に記載する事項

事項 内容
差出人 遺留分権利者の氏名及び住所
宛先 受遺者又は受贈者の氏名及び住所
被相続人 氏名、死亡の年月日
相続人 差出人が相続人であること、続柄
遺言又は贈与 遺留分を侵害する遺言又は贈与の存在
請求の意思 遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求する旨
金額 記載しないか、「追って通知する」旨を付記いたします
資料の開示の求め 相続財産の内容についての資料の開示を求める旨
回答の期限 回答を求める期限
作成の年月日

金額を記載する場合には、「現時点で判明している範囲での概算であり、調査により増減し得る」旨を明記いたします。金額を確定的に記載してしまうと、後に増額を主張することが難しくなる場合があります。

4 到達を証拠に残す

意思表示は、相手方に到達した時にその効力を生じます(民法第97条第1項)。したがって、到達したことを証拠に残す必要があります。

表7 到達を証拠に残す方法

方法 内容 留意点
内容証明郵便及び配達証明 内容と到達の双方を証明できます 最も一般的な方法です
電子内容証明 内容証明郵便を電子的に差し出す方法です 記載の様式に制約があります
特定記録郵便 差出しの記録が残ります 内容は証明されません
書留郵便 到達の記録が残ります 内容は証明されません
手渡し及び受領証 受領した旨の署名を得ます 相手方の協力を要します
電子メール 送信の記録が残ります 到達の証明として不十分な場合があります

内容証明郵便及び配達証明の組合せが基本です。相手方が受領を拒絶した場合、不在により保管期間を経過して返送された場合には、別途の対応が必要となります。

表8 到達しなかった場合の対応

状況 対応
受領を拒絶された 到達したものと扱われる場合があります。返送された封筒を保管いたします
不在により返送された 別の住所への送付、書留郵便以外の方法の併用、現地への訪問を検討いたします
住所が分からない 住民票、戸籍の附票により調査いたします
所在が不明である 意思表示の公示送達を検討いたします

期間の満了が迫っている場合には、内容証明郵便に加えて、普通郵便、電子メール、書面の直接の交付といった複数の方法を併用することが考えられます。

5 時間的な余裕がない場合

期間の満了が数日後に迫っているという事案もあります。この場合には、次の順序で対応いたします。

表9 期間の満了が迫っている場合の対応

順序 対応
1 起算点を確認し、残された期間を確定させます
2 相手方の氏名及び住所を確認いたします
3 意思表示の書面を作成いたします
4 内容証明郵便により発送いたします
5 併せて他の方法による送付を行います
6 送付の記録を保管いたします
7 その後、相続財産の調査に着手いたします

第3節 意思表示の後に行うこと

1 相続財産の調査

意思表示により期間の制限に対応した後、相続財産の調査を行います。

表10 調査の対象と方法

対象 方法
不動産 名寄帳、登記事項証明書、固定資産税の納税通知書
預貯金 金融機関に対する取引の履歴の照会
有価証券 証券会社に対する照会、証券保管振替機構に対する照会
生命保険 保険会社に対する照会
債務 信用情報機関に対する照会、督促状の確認
生前贈与 預金の取引の履歴、贈与税の申告書、登記の記録
税務 相続税の申告書の開示の請求

相続人は、被相続人の預貯金について取引の履歴の開示を求めることができると解されています。また、他の相続人が提出した相続税の申告書について、一定の範囲で開示を求めることができる制度があります。

2 不動産の評価

遺留分を算定するための財産の価額における不動産の評価は、相続開始の時を基準とすると解されています。査定書、取引事例、公示価格、路線価を基礎とする推計といった資料を収集いたします。詳細はFD45において扱います。

3 金額の算定と協議

資料が揃った段階で遺留分侵害額を算定し、相手方に対して具体的な金額を提示いたします。協議が調えば、合意書を作成し、支払を受けます。

表11 合意書に定める事項

事項 内容
金額 支払われる金額を確定させます
支払の方法及び期日 一括か分割か、期日を定めます
遅延損害金 利率を定めます
期限の利益の喪失 分割払の場合に定めます
担保 抵当権の設定、保証人を検討いたします
公正証書 強制執行を認諾する旨の記載のある公正証書を検討いたします
清算条項 他に債権債務がないことを確認いたします
登記 代物弁済等により持分を取得する場合の手続

4 調停及び訴訟

協議が調わない場合には、家庭裁判所に調停を申し立てます。調停が成立しない場合には、地方裁判所に訴えを提起いたします。

遺留分侵害額の請求は訴訟事項ですので、調停が成立しない場合に自動的に審判へ移行するものではありません。

5 意思表示の後の消滅時効

意思表示により発生した金銭債権については、債権の消滅時効の一般の規律(民法第166条第1項)が適用されると解されています。すなわち、権利を行使することができることを知った時から5年、又は権利を行使することができる時から10年です。

したがって、意思表示を行った後に直ちに訴訟を提起しなければならないというものではありません。もっとも、時間の経過により証拠が散逸し、相手方の資力が変動いたしますので、いたずらに放置することは望ましくありません。

第4節 案件において確認すべき事項

表12 ご相談の際に確認する資料

区分 資料
期間 被相続人の死亡の年月日が分かる資料、遺言の内容を知った時期が分かる資料
遺言 遺言書、検認の記録、遺言執行者からの通知
相続 被相続人及び相続人の戸籍
不動産 登記事項証明書、名寄帳、固定資産税の納税通知書
財産 預貯金の残高証明書、取引の履歴、有価証券の資料
生前贈与 贈与契約書、贈与税の申告書、預金の移動の記録
税務 相続税の申告書
経緯 相手方とのやり取りの記録、既に送付した書面

表13 最初の面談で確認する事項

事項 内容
起算点 いつ相続の開始を知り、いつ遺言又は贈与の内容を知ったか
残された期間 期間の満了までどれだけ余裕があるか
相手方 誰が財産を取得したか、住所は判明しているか
既に行った対応 既に何らかの通知を送っていないか
遺留分の有無 兄弟姉妹ではないか、放棄の許可を受けていないか
財産の把握の程度 どこまで把握できているか
相手方の資力 回収の見込みがあるか

第5節 弁護士に相談する意味

遺留分の請求において、最初の一手を誤ることの影響は取り返しがつきません。権利そのものが失われるからです。

第一に、起算点の判断です。期間が経過しているように見える事案であっても、遺言の内容を知った時点、贈与の存在を知った時点によっては、なお期間内であることがあります。逆に、余裕があると考えていたところ、実際には期間が迫っていることもあります。この判断には、事実関係の丁寧な聴取が必要です。

第二に、意思表示の内容です。金額を確定的に記載してしまうこと、請求の趣旨が不明確であること、相手方の一部にしか送付しないことは、後に問題となり得ます。

第三に、到達の証明です。内容証明郵便が受領されなかった場合、住所が判明しない場合の対応を、期間内に完了させる必要があります。

第四に、その後の進め方の設計です。意思表示により期間の制限に対応した後、相続財産の調査、評価、協議、調停、訴訟という長い過程が始まります。この全体を見通した設計が必要です。

弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、起算点を確認し、残された期間を確定させることです。第二に、直ちに意思表示を行い、到達を証拠に残すことです。第三に、相続財産を調査することです。第四に、不動産の評価について資料を収集し、主張を組み立てることです。第五に、協議、調停及び訴訟における代理を行うことです。第六に、回収の方法を設計することです。

具体的な協議の進め方は、相続人の構成、遺産の内容、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 金額が分からないまま請求してもよいのですか。

はい。意思表示において金額を特定する必要はないと解されています。金額は、相続財産の調査と評価を経て確定させ、後に提示いたします。

質問2 1年が過ぎているように思います。もう無理でしょうか。

起算点は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時です。相続の開始を知った時ではありません。遺言の内容や生前贈与の存在を最近になって知ったのであれば、なお期間内である可能性があります。事情を確認いたしますので、諦める前にご相談ください。

質問3 自分で内容証明郵便を出しても大丈夫ですか。

ご自身で行うこともできます。もっとも、記載の内容、送付先、到達の証明について後に争われることがありますので、可能であれば事前にご相談ください。期間の満了が迫っている場合には、まずご自身で発送し、その後にご相談いただくという順序でも構いません。

質問4 相手方が受け取りを拒否しました。

受領を拒絶した場合であっても、到達したものと扱われる場合があります。返送された封筒は開封せずに保管してください。併せて、他の方法による送付を検討いたします。

質問5 相手方の住所が分かりません。

戸籍の附票により住所を調査いたします。調査を尽くしても所在が判明しない場合には、意思表示の公示送達を検討いたします。時間を要しますので、早期の着手が必要です。

質問6 意思表示をした後、いつまでに訴訟を起こす必要がありますか。

意思表示により発生した金銭債権については、債権の消滅時効の一般の規律が適用されると解されています。直ちに訴訟を提起しなければならないものではありません。もっとも、協議が進まない場合には、時期を見て調停又は訴訟に移行することが適切です。

質問7 相続放棄をしていても遺留分を請求できますか。

相続の放棄をした者は、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法第939条)。したがって、遺留分を請求することはできません。相続の放棄と遺留分の請求とは両立いたしませんので、いずれによるかの判断が必要です。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、遺留分に関するご相談をお受けしております。

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ご相談の際に、遺言書、被相続人及び相続人の戸籍、不動産の登記事項証明書及び固定資産税の納税通知書、預貯金その他の財産が分かる資料、生前贈与に関する資料、相手方とのやり取りの記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。期間の制限が迫っている場合には、お電話の際にその旨をお伝えください。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第97条第1項(意思表示の効力発生時期)、第98条(公示による意思表示)、第166条第1項(債権等の消滅時効)、第939条(相続放棄の効力)、第1042条(遺留分の帰属及びその割合)、第1043条(遺留分を算定するための財産の価額)、第1044条(贈与の算入)、第1046条(遺留分侵害額の請求)、第1047条第1項(受遺者又は受贈者の負担の順序)、第1047条第5項(支払につき相当の期限の許与)、第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)、第1049条第1項(相続の開始前における遺留分の放棄)

家事事件手続法 調停の手続に関する規定、第257条(調停前置主義)

判例法理及び実務の取扱いによる部分 遺留分侵害額の請求の意思表示において金額の特定を要しないこと、意思表示により発生した金銭債権の消滅時効の扱い、相続開始から10年の期間の性質

制度名により記述した部分 相続税の申告書の開示を求める制度、自筆証書遺言に係る遺言書の保管に関する制度、遺言書の検認の手続

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