生前に贈与された不動産をどこまで算入するか
父が亡くなり、遺言により実家は長男が取得することとなりました。ところが、調べてみますと、父は15年前に長男へ別の土地を贈与しており、また8年前には長男の妻にも土地を贈与しておりました。これらも遺留分の計算に入れられるのかが分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。遺留分を算定するための財産の価額には、被相続人が贈与した財産の価額が加算されますが、加算される範囲には期間の制限がございます。相続人以外の者に対する贈与は相続開始前の1年間にしたものに限られ(民法第1044条第1項前段)、相続人に対する贈与のうち特別受益に当たるものは相続開始前の10年間にしたものに限られます(民法第1044条第3項)。もっとも、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、これらの期間より前にしたものも算入されます(民法第1044条第1項後段)。したがって、15年前の贈与についても、この要件を主張し立証することができれば算入され得ます。本記事では、範囲の考え方と立証の方法を整理いたします。
第1節 算入される贈与の範囲
1 原則としての期間の制限
遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とされております(民法第1043条第1項)。ここでいう贈与について、期間の制限が定められております。
表1 算入される贈与の範囲
| 受贈者 | 原則として算入される範囲 | 根拠 |
|---|---|---|
| 相続人以外の者 | 相続開始前の1年間にしたもの | 民法第1044条第1項前段 |
| 相続人(特別受益に当たるもの) | 相続開始前の10年間にしたもの | 民法第1044条第3項 |
| 相続人(特別受益に当たらないもの) | 相続人以外の者と同様に1年間と解されます | 民法第1044条第1項前段 |
| いずれについても、当事者双方が損害を加えることを知ってしたとき | 期間の制限なく算入されます | 民法第1044条第1項後段、第3項 |
| 不相当な対価をもってした有償行為 | 当事者双方が損害を加えることを知ってしたときは贈与とみなされます | 民法第1045条第2項 |
2 特別受益に当たる贈与
相続人に対する贈与について10年の期間が適用されるのは、それが婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与、すなわち特別受益に当たる場合でございます(民法第903条第1項参照)。
不動産の贈与は、通常、生計の資本としての贈与に当たると評価されることが多くございます。もっとも、贈与の趣旨、金額、被相続人の資産の状況によっては、扶養の一環として評価される余地もございます。
3 相続人の配偶者又は子への贈与
相続人の配偶者又は子は、それ自体としては相続人ではございませんので、原則として1年の期間が適用されます。もっとも、実質的には相続人に対する贈与と同視し得る場合には、相続人に対する贈与として扱われる余地があると解されております。名義のみを配偶者としたにすぎない場合等が問題となります。
4 遺留分の改正との関係
贈与の算入に関する現在の規定は、平成30年の相続法の改正により設けられたものでございます。改正の前は、相続人に対する特別受益に当たる贈与について期間の制限がないと解されておりました。したがって、被相続人の死亡の時期によっては、従前の規律が適用される場合がございます。この点は個別の確認を要します。
第2節 期間の制限を超えて算入する場合
1 「損害を加えることを知って」の意味
当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、期間の制限にかかわらず算入されます(民法第1044条第1項後段)。
この要件については、贈与の当時、贈与財産の価額が残存財産の価額を超えることを知っていたことのほか、将来において被相続人の財産が増加することがないという見込みであったことを要すると解する立場が有力でございます。単に遺留分を侵害することを認識していたというだけでは足りないとされる点に注意が必要でございます。
表2 害することを知ってした贈与の主張において検討する事項
| 事項 | 検討の内容 |
|---|---|
| 贈与の時の被相続人の財産 | 贈与財産の価額が残存財産を超えていたか |
| 被相続人の年齢及び健康状態 | 財産が増加する見込みがあったか |
| 被相続人の収入 | その後に資産を形成する能力があったか |
| 受贈者の認識 | 受贈者も事情を知っていたか |
| 贈与の目的 | 特定の相続人に集中させる意図があったか |
| 他の相続人への説明 | 贈与を秘匿していたか |
| 贈与の態様 | 短期間に集中して行われていないか |
2 双方の認識が必要です
この要件は、被相続人と受贈者の双方が知っていたことを要します。受贈者が事情を知らなかった場合には、期間の制限を超えて算入することはできません。したがって、受贈者の認識を基礎付ける事情も併せて主張する必要がございます。
3 立証の困難
贈与の当時の財産の状況、被相続人の見込み、受贈者の認識を立証することは、容易ではございません。とりわけ、贈与から長期間が経過している事案では、資料が失われております。
表3 立証に用いる資料
| 資料 | 示される事実 |
|---|---|
| 贈与の当時の登記事項証明書 | 贈与の時期、対象 |
| 贈与税の申告書 | 贈与の事実、評価額 |
| 贈与の当時の預貯金の記録 | 被相続人の資産の状況 |
| 被相続人の確定申告書 | 収入の状況 |
| 被相続人の診療の記録 | 健康状態、財産形成の見込み |
| 贈与に関する書面、やり取り | 当事者の認識、贈与の目的 |
| 他の相続人への説明の有無 | 秘匿の有無 |
4 不相当な対価をもってした有償行為
負担付贈与がされた場合、及び不相当な対価をもってした有償行為がされた場合についても、定めが置かれております。不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなされます(民法第1045条第2項)。
親族間で著しく低い価格による売買がされている事案では、この規定の適用が問題となります。
第3節 実務上よく起きる問題
1 贈与の存在を把握できない
過去の贈与の存在自体を把握していないという事案が多くございます。不動産については、登記事項証明書により所有権の移転の登記の原因及び日付を確認することができます。「贈与」を原因とする登記があれば、贈与の事実が判明いたします。
2 売買を装った贈与
登記の原因が「売買」とされていても、実際には代金の支払がなく、実質は贈与であるという事案がございます。この場合、代金の支払の有無を確認する必要がございます。預貯金の記録、贈与税の申告の有無が手掛かりとなります。
3 名義のみを変えた場合
被相続人の資金により購入した不動産を、相続人の名義としているという事案がございます。この場合、名義を有する相続人が実質的な所有者であるかどうか、贈与があったといえるかどうかが問題となります。購入の資金の出所を確認することになります。
4 10年より前の贈与を諦めてしまう
10年より前の贈与については算入されないと考え、主張を諦めてしまう例がございます。もっとも、当事者双方が損害を加えることを知ってした場合には算入され得ます。要件の充足を検討したうえで判断すべきものでございます。
5 評価の基準時を誤る
贈与された不動産についても、相続開始の時における価額により評価するものと解されております。贈与の時の価格ではありませんので、贈与の時と相続開始の時とで価格が大きく異なる場合には、算入される額が変わります。
6 遺産分割における特別受益との違い
遺産分割における特別受益の持戻しと、遺留分における贈与の算入とは、別個の制度でございます。相続の開始から10年を経過した後にする遺産分割においては特別受益に関する規定が原則として適用されませんが(民法第904条の3)、遺留分の算定における贈与の算入はこれとは別の規律によります。混同しないよう注意が必要でございます。
第4節 検討する選択肢
1 調査の手順
表4 過去の贈与を調査する手順
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 1 不動産の把握 | 名寄帳、固定資産税の課税明細により被相続人の不動産を把握いたします |
| 2 登記の履歴の確認 | 登記事項証明書により所有権の移転の原因及び日付を確認いたします |
| 3 閉鎖された登記の確認 | 既に被相続人の名義でなくなった不動産についても調査いたします |
| 4 資金の流れの確認 | 預貯金の記録により代金の支払の有無を確認いたします |
| 5 税の資料の確認 | 贈与税の申告の有無、相続税の申告書の記載を確認いたします |
| 6 当時の資産の状況 | 贈与の当時の被相続人の財産の状況を把握いたします |
| 7 認識に関する資料 | やり取りの記録、他の相続人への説明の有無を確認いたします |
2 資料の収集の方法
被相続人の預貯金の取引の履歴については、相続人として金融機関に開示を求めることができる場合がございます。また、訴訟においては、文書提出命令の申立て、調査の嘱託といった方法により資料を求めることが考えられます。
3 主張の優先順位
期間の制限内にある贈与については、比較的容易に算入を主張することができます。期間の制限を超えるものについては、要件の立証に困難が伴います。まず制限内の贈与により算定を行い、そのうえで制限を超えるものについての主張を検討するという順序が現実的でございます。
4 期間の制限との関係
遺留分侵害額の請求権は、知った時から1年、相続開始の時から10年で消滅いたします(民法第1048条)。調査に時間をかけている間に期間が経過することのないよう、まず請求の意思表示を行うことが重要でございます。
第5節 案件において確認すべき事項
1 資料の確認
表5 ご相談の際に確認する資料
| 区分 | 資料 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 相続 | 被相続人及び相続人の戸籍 | 相続人の範囲、法定相続分 |
| 相続 | 遺言書 | 遺贈又は相続させる旨の内容 |
| 不動産 | 登記事項証明書(現在及び閉鎖されたもの) | 所有権の移転の原因及び日付 |
| 不動産 | 名寄帳、固定資産税の課税明細 | 被相続人が所有していた不動産 |
| 贈与 | 贈与契約書、贈与税の申告書 | 贈与の事実と評価額 |
| 資金 | 被相続人の預貯金の取引の履歴 | 代金の支払の有無、当時の資産 |
| 収入 | 被相続人の確定申告書 | 財産形成の見込み |
| 認識 | やり取りの記録、他の相続人への説明 | 当事者の認識 |
2 確認する事項
表6 算入の検討において確認する事項
| 事項 | 確認の内容 |
|---|---|
| 受贈者の地位 | 相続人か、相続人以外か |
| 贈与の時期 | 相続開始前の1年又は10年の期間内か |
| 贈与の性質 | 特別受益に当たるか |
| 当事者の認識 | 害することを知ってした要件を満たすか |
| 登記の原因 | 贈与か、売買か、実質はどうか |
| 対価の有無 | 不相当な対価による有償行為でないか |
| 評価の基準時 | 相続開始の時の価額により算定すること |
| 期間の制限 | 請求権の消滅時効との関係 |
第6節 弁護士に相談する意味
過去の贈与の算入は、遺留分の請求において最も調査を要する部分でございます。
第一に、贈与の存在の把握に調査を要する点です。過去の贈与は、遺留分権利者が把握していないことが通常でございます。名寄帳、閉鎖された登記の記録、預貯金の取引の履歴を丹念に確認することにより、初めて判明することが少なくありません。
第二に、期間の制限を超える主張には立証を要する点です。当事者双方が損害を加えることを知ってした贈与であることの立証は容易ではございません。どの資料により何を示すかの設計が必要でございます。
第三に、制度の混同が生じやすい点です。遺産分割における特別受益と、遺留分における贈与の算入とは別個の制度でございます。また、平成30年の改正前後で規律が異なります。正確な整理が求められます。
弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、内容証明郵便により請求の意思表示を行い、期間の経過を防ぐことです。第二に、名寄帳、登記の記録、預貯金の履歴により過去の贈与を調査することです。第三に、算入される範囲を検討し、期間の制限を超える主張の可否を判断することです。第四に、相続開始の時の価額により算入額を算定することです。第五に、協議、調停及び訴訟を代理し、必要な資料を手続の中で収集することです。
なお、具体的な進め方は、相続人の構成、贈与の経緯、資料の残存の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 15年前の贈与も入りますか。
相続人に対する特別受益に当たる贈与については、原則として相続開始前の10年間にしたものが算入されます。もっとも、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、10年前の日より前のものも算入され得ます。要件の充足を検討いたします。
質問2 兄の妻への贈与はどうなりますか。
相続人の配偶者は、それ自体としては相続人ではございませんので、原則として1年の期間が適用されます。もっとも、実質的には相続人に対する贈与と同視し得る場合には、相続人に対する贈与として扱われる余地があると解されております。
質問3 登記の原因が「売買」となっています。
実際には代金の支払がなく、実質が贈与である場合には、贈与として扱われる余地がございます。また、著しく低い価格による売買については、不相当な対価をもってした有償行為として、一定の要件のもとに負担付贈与とみなされることがございます(民法第1045条第2項)。
質問4 贈与された土地はいつの価格で見ますか。
相続開始の時における価額により評価するものと解されております。贈与の時の価格ではございません。贈与から相続開始までの間に価格が変動していれば、算入される額もこれに応じて変わります。
質問5 過去の贈与をどうやって調べればよいですか。
名寄帳により被相続人が所有していた不動産を把握し、登記事項証明書により所有権の移転の原因及び日付を確認いたします。既に被相続人の名義でなくなった不動産についても調査が必要でございます。預貯金の取引の履歴も手掛かりとなります。
質問6 遺産分割の特別受益と同じですか。
別個の制度でございます。遺産分割においては相続の開始から10年を経過した後は特別受益に関する規定が原則として適用されませんが(民法第904条の3)、遺留分の算定における贈与の算入はこれとは別の規律によります。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、遺留分と生前贈与に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、遺言書、被相続人及び相続人の戸籍、不動産の登記事項証明書、名寄帳、贈与に関する資料、被相続人の預貯金の記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
弁護士費用については、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第903条(特別受益者の相続分)、第904条の3(相続開始から10年経過後の遺産分割)、第1042条(遺留分の帰属及びその割合)、第1043条第1項(遺留分を算定するための財産の価額)、第1044条第1項(相続人以外の者に対する贈与の算入及び害することを知ってした贈与)、第1044条第3項(相続人に対する贈与の算入)、第1045条(負担付贈与及び不相当な対価をもってした有償行為)、第1046条(遺留分侵害額の請求)、第1047条(受遺者又は受贈者の負担額)、第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
その他 贈与の算入に関する現在の規定は平成30年の相続法の改正により設けられたものであり、被相続人の死亡の時期によっては従前の規律が適用される場合がございます。
関連するご案内
遺留分の請求で不動産の評価が争点となりお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しております。ご相談は事前予約制です。
あわせてお読みください。
- 遺留分の算定において不動産をどの価格で見るか
- 遺留分の金銭の支払を待ってもらえる場合
- 遺留分侵害額請求における不動産の取扱い
- 遺留分侵害額請求権の1年の期間の制限
- 遺産分割における不動産の評価の考え方
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
このページの位置付けと、関連するページ
本ページは、遺留分と不動産に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページを御覧ください。
同じ主題を扱う関連ページ
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しております。あわせて御覧ください。

