相続税評価額と実勢価格の違いが取得額に与える影響
遺産分割の協議において、実家を取得したいという兄が「路線価で計算すれば2,400万円である」と主張し、代償金として1,200万円を提示してまいりました。しかし、近隣の類似物件は3,000万円以上で売り出されております。どちらの価格で計算するのが正しいのか、また、実勢価格を主張するにはどうすればよいのかを知りたいと考えております。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。相続税評価額(路線価等)及び固定資産税評価額は、いずれも課税のための評価であり、公示価格を下回る水準を目安として定められています。遺産分割における評価は時価によるのが原則ですので、これらの課税のための評価額をそのまま用いると、不動産を取得する相続人に有利、代償金を受け取る相続人に不利な結果となります。もっとも、相続人全員が合意すればいずれの価格を用いることもできますので、争いとなる場合には、資料により実勢価格を裏付けることが必要となります。本記事では、価格の違いが取得額にどれだけ影響するのかを具体的に示し、主張の組み立て方を整理いたします。
第1節 各価格の性質と水準
1 4つの価格の目的
表1 各価格の目的と性質
| 価格 | 目的 | 決定又は公表の主体 | 更新の頻度 |
|---|---|---|---|
| 実勢価格(時価) | 実際の取引 | 市場において形成されます | 常時変動いたします |
| 公示価格 | 一般の土地の取引の指標、公共用地の取得の基準 | 国が公表いたします | 毎年 |
| 都道府県地価調査の価格 | 公示価格を補完する指標 | 都道府県が公表いたします | 毎年 |
| 相続税評価額(路線価等) | 相続税及び贈与税の課税 | 国税庁が公表いたします | 毎年 |
| 固定資産税評価額 | 固定資産税、都市計画税、不動産取得税、登録免許税の課税 | 市町村が決定いたします | 3年ごとに評価替えが行われます |
2 水準の関係
相続税評価額は公示価格のおおむね8割程度を、固定資産税評価額は公示価格のおおむね7割程度を、それぞれ目安とするものとされています。
表2 水準の関係(一般的な目安)
| 価格 | 公示価格を100とした場合の目安 |
|---|---|
| 実勢価格 | 地域及び時期により公示価格を上回ることも下回ることもあります |
| 公示価格 | 100 |
| 相続税評価額(路線価) | 80程度 |
| 固定資産税評価額 | 70程度 |
上記は一般的な目安であり、個別の不動産についてはこれと異なる関係となることがあります。とりわけ、地価が急激に変動している地域、取引の少ない地域では、乖離が大きくなります。
3 なぜ課税のための評価は低めに定められているのか
課税のための評価が公示価格を下回る水準を目安としているのは、課税の対象となる財産の評価には安全性が求められること、大量の物件について画一的に評価する必要があることによると説明されています。
したがって、これらの評価額は、当該不動産を実際に売却した場合に得られる価格を表すものではありません。この点が、遺産分割において課税のための評価額をそのまま用いることが適切でない理由です。
第2節 取得額に与える影響
1 代償金への影響
一方の相続人が不動産を取得し、他方に代償金を支払う場合、評価額の差はそのまま代償金の差となります。
表3 評価額の違いによる代償金の差(相続人が2人、法定相続分が各2分の1、遺産が土地及び建物のみの場合)
| 用いる価格 | 評価額 | 代償金 | 実勢価格による場合との差 |
|---|---|---|---|
| 固定資産税評価額 | 2,100万円 | 1,050万円 | 450万円少なくなります |
| 相続税評価額 | 2,400万円 | 1,200万円 | 300万円少なくなります |
| 公示価格を基礎とする価格 | 3,000万円 | 1,500万円 | ― |
| 実勢価格 | 3,000万円 | 1,500万円 | ― |
上記は、実勢価格が公示価格と同水準である場合を仮定した計算の例です。実際の事案では、他の遺産、特別受益、寄与分、債務の負担等が考慮されますので、これらの数値がそのまま結論となるものではありません。
この例では、固定資産税評価額を用いるか実勢価格を用いるかによって、代償金に450万円の差が生じます。相続人が3人以上いる場合、遺産に複数の不動産が含まれる場合には、差は更に大きくなります。
2 相続人が3人の場合
表4 相続人が3人、1人が不動産を取得する場合(遺産が不動産のみ、法定相続分が各3分の1)
| 用いる価格 | 評価額 | 他の相続人1人あたりの代償金 | 代償金の総額 |
|---|---|---|---|
| 固定資産税評価額 | 2,100万円 | 700万円 | 1,400万円 |
| 相続税評価額 | 2,400万円 | 800万円 | 1,600万円 |
| 実勢価格 | 3,000万円 | 1,000万円 | 2,000万円 |
3 遺産に預貯金がある場合
遺産に預貯金その他の財産が含まれる場合には、不動産の評価額の違いが、預貯金の配分を通じて調整されます。
表5 遺産が不動産と預貯金から成る場合の例(相続人が2人、法定相続分が各2分の1、預貯金が1,000万円、Aが不動産を取得する場合)
| 用いる価格 | 不動産の評価額 | 遺産の総額 | 各人の取得すべき額 | Bが取得する預貯金 | Bが受け取る代償金 |
|---|---|---|---|---|---|
| 相続税評価額 | 2,400万円 | 3,400万円 | 1,700万円 | 1,000万円 | 700万円 |
| 実勢価格 | 3,000万円 | 4,000万円 | 2,000万円 | 1,000万円 | 1,000万円 |
この例では、評価額の差600万円のうち、その2分の1に相当する300万円が代償金の差として現れます。
4 どの立場がどの価格を主張することになるか
表6 立場と主張する価格の関係
| 立場 | 主張する方向 | 用いる資料 |
|---|---|---|
| 不動産を取得する相続人 | 低い評価を主張いたします | 固定資産評価証明書、路線価、減価要因の資料 |
| 代償金を受け取る相続人 | 高い評価を主張いたします | 査定書、取引事例、公示価格、売出しの資料 |
| 換価を求める相続人 | 実際の売却価格によることを主張いたします | 売却の見通しに関する資料 |
| 全員が持分を取得する場合 | 評価の水準は結論に影響しにくくなります | ― |
なお、相続税の申告においては、課税価格を過小に申告することはできません。したがって、相続税の申告と遺産分割の協議とで、同一の相続人が異なる方向の主張をすることがあり得ます。これは、申告のための評価と分割のための評価とが目的を異にすることによるものであり、直ちに矛盾となるものではありません。もっとも、相手方から矛盾を指摘されることがありますので、目的の違いを説明できるよう整理しておく必要があります。
第3節 実勢価格をどのように裏付けるか
1 資料の組み合わせ
実勢価格そのものを直接に知る方法はありませんので、複数の資料を組み合わせて推計いたします。
表7 実勢価格の裏付けに用いる資料
| 資料 | 内容 | 入手の難易 |
|---|---|---|
| 不動産業者による査定書 | 実際の取引の見込みを示すものです | 比較的容易です |
| 複数の業者による査定書 | 幅を把握することができます | 比較的容易です |
| 近隣の売出しの情報 | 現に市場に出ている物件の価格です | 容易です |
| 取引事例 | 実際に成立した取引の価格です | 業者を通じて取得いたします |
| 公示価格及び都道府県地価調査の価格 | 標準地の価格です | 容易です |
| 路線価から逆算した価格 | 路線価を0.8で除して推計する方法です | 容易です |
| 不動産鑑定士による鑑定評価書 | 専門家による評価です | 費用を要します |
2 路線価からの逆算
相続税評価額(路線価)が公示価格のおおむね8割程度を目安とすることを前提として、路線価による評価額を0.8で除することにより、公示価格の水準を推計する方法があります。
表8 路線価からの逆算の例
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 路線価による評価額 | 2,400万円 |
| 0.8で除した額 | 3,000万円 |
この方法は、簡便であり、根拠が説明しやすいという利点があります。もっとも、あくまで目安に基づく推計であり、個別の事情(不整形、接道、地域の需給)は反映されません。協議の出発点としては有用ですが、これのみで最終的な評価を定めることは適切でない場合があります。
3 建物の評価
建物については、路線価による評価がありませんので、固定資産税評価額を基礎とする方法、再調達原価から経過年数に応じた減価を行う方法、取引事例から推計する方法があります。
老朽化が著しい建物については、建物に価値を認めず、むしろ解体の費用を土地の価格から控除するという主張がなされることがあります。この主張をする場合には、建物の状態を示す写真、解体の見積書を準備いたします。
4 減価要因の主張
不動産を取得する立場から低い評価を主張する場合には、当該不動産に固有の減価要因を具体的に指摘いたします。
表9 主張し得る減価要因
| 区分 | 具体例 | 裏付けとなる資料 |
|---|---|---|
| 形状 | 不整形、間口が狭い、奥行が長い | 公図、地積測量図 |
| 高低差 | 傾斜地、道路との高低差 | 現地の写真、測量図 |
| 接道 | 接道の要件を満たさない、私道のみに接する | 公図、道路の種別の照会結果 |
| 建築の制限 | 再建築ができない、既存不適格 | 建築に関する照会結果 |
| 権利 | 借地権、借家権、通行地役権の負担 | 契約書、登記事項証明書 |
| 建物 | 老朽化、雨漏り、耐震性の不足 | 現地の写真、調査の結果、修繕の見積書 |
| 費用 | 解体、擁壁の改修、地中障害物の撤去 | 見積書 |
| 市場 | 取引が少ない地域、需要の乏しさ | 業者の意見、売出しの状況 |
| 境界 | 境界が未確定、越境がある | 測量図、隣地との協議の記録 |
5 増価要因の主張
代償金を受け取る立場から高い評価を主張する場合には、次の点を指摘いたします。
表10 主張し得る増価要因
| 区分 | 具体例 |
|---|---|
| 立地 | 駅からの距離、生活の利便性 |
| 用途 | 用途地域、建ぺい率及び容積率に余裕があること |
| 形状 | 整形、間口が広い、角地であること |
| 面積 | 分割して販売することが可能な面積であること |
| 市場 | 近隣の取引が活発であること、売出価格の水準 |
| 収益 | 賃貸により収益を得られること |
| 開発 | 周辺の開発の予定 |
第4節 案件において確認すべき事項
表11 ご相談の際に確認する資料
| 区分 | 資料 |
|---|---|
| 不動産 | 登記事項証明書、公図、地積測量図、建物図面 |
| 評価 | 固定資産評価証明書、納税通知書、路線価図、公示価格の資料 |
| 評価 | 不動産業者の査定書、売出しの情報、取引事例 |
| 税務 | 相続税の申告書、財産評価の明細書 |
| 現況 | 現地の写真、建物の状態が分かる資料 |
| 権利 | 賃貸借契約書、借地契約書、私道に関する協定 |
| 相続 | 被相続人及び相続人の戸籍、遺言書 |
| 遺産 | 預貯金の残高証明書、有価証券の資料、債務の資料 |
| 経緯 | 他の相続人とのやり取りの記録、相手方が提示した評価の根拠 |
表12 確認すべき事項
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 自らの立場 | 不動産を取得するのか、代償金を受け取るのか |
| 争いの金額 | 評価の差により生じる取得額の差 |
| 遺産の全体 | 預貯金等により調整できる余地があるか |
| 相手方の根拠 | 相手方が主張する価格の根拠と資料 |
| 相続税の申告 | 既に申告している場合の評価額 |
| 費用との対比 | 鑑定の費用に見合う争いか |
| 換価の可能性 | 売却により解決する余地があるか |
第5節 弁護士に相談する意味
評価をめぐる主張は、「高い」「安い」という水掛け論に陥りがちです。これを法的な議論に転換するには、次の作業が必要です。
第一に、各価格の性質を整理することです。相手方が「公的な評価である」と主張する価格が、何のための評価であるかを明らかにすることが出発点となります。
第二に、資料により裏付けることです。査定書、取引事例、公示価格、減価要因を示す資料を組み合わせ、主張する価格が合理的であることを説明いたします。
第三に、争いの金額と費用とを対比することです。評価の差が小さい場合には、鑑定の費用をかけて争うことが不合理となります。他方で、差が大きい場合には、鑑定を実施してでも適正な評価を得る意味があります。
第四に、評価以外の解決の方法を検討することです。換価による分割、遺産の全体の中での調整、分割払による代償金の支払といった方法により、評価の争いを回避し、又は影響を小さくすることができます。
弁護士が行う業務は、評価の資料の収集と検証、減価要因又は増価要因の整理と裏付け、相手方の主張する評価の根拠の検討、鑑定の要否の判断、分割の方法の設計、協議、調停及び審判における代理です。
具体的な協議の進め方は、相続人の構成、遺産の内容、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 路線価で計算するのが公平ではないのですか。
路線価は相続税及び贈与税の課税のための評価であり、公示価格を下回る水準を目安として定められています。したがって、路線価により算定した額は、実際に売却した場合に得られる価格を表すものではありません。不動産を取得する相続人に有利な結果となります。
質問2 相続税の申告で路線価を使いました。矛盾しませんか。
相続税の申告における評価は課税のためのものであり、遺産分割における評価とは目的が異なります。両者で異なる評価によることは、直ちに矛盾となるものではありません。もっとも、説明を求められることがありますので、目的の違いを整理しておく必要があります。
質問3 実勢価格を主張するには鑑定が必要ですか。
必ずしも鑑定を要しません。不動産業者による査定書、近隣の取引事例、売出しの情報、公示価格といった資料により主張することが可能です。協議が調わず、資料によっても隔たりが埋まらない場合に、鑑定を検討いたします。
質問4 相手が提示した査定書が低すぎると思います。
査定は前提条件、目的、依頼者の意向により差が生じます。自ら別の業者から査定を取得し、双方の査定の前提を比較することが有用です。査定の根拠となる取引事例、面積、接道の状況を確認いたします。
質問5 建物が古いから価値がないと言われました。
老朽化が著しい建物について価値を認めない扱いがなされることはありますが、その場合には、土地の価格そのものが問題となります。また、建物が存することにより土地の利用が制約される場合には、解体の費用が控除されることがあります。建物の状態と解体の費用を具体的に検討いたします。
質問6 結局、いくらが正しいのですか。
不動産の価格には唯一の正解がありません。市場において実際に成立する価格が最も確かな指標ですが、売却しない限り確定いたしません。そのため、資料に基づく合理的な範囲の中で、当事者が合意し、又は裁判所が判断することになります。この不確定性を前提として、どこで折り合うかを設計することが実務の要点です。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
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ご相談の際に、登記事項証明書、固定資産評価証明書又は納税通知書、不動産業者の査定書、路線価に基づく評価の資料、相続税の申告書、被相続人及び相続人の戸籍、遺産の内容が分かる資料をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第903条(特別受益者の相続分)、第904条の2(寄与分)、第904条の3(相続開始から10年経過後の遺産分割)、第906条(遺産の分割の基準)、第907条(遺産の分割の協議又は審判)、第1043条(遺留分を算定するための財産の価額)
家事事件手続法 第64条(民事訴訟法の準用による鑑定)、第257条(調停前置主義)
制度名により記述した部分 地価公示に関する制度、都道府県地価調査に関する制度、相続税及び贈与税における財産の評価に関する取扱い、固定資産の評価に関する制度
実務の取扱いによる部分 相続税評価額が公示価格のおおむね8割程度、固定資産税評価額が公示価格のおおむね7割程度を目安とすること、遺産分割における評価の基準時が分割の時であること
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