賃貸中の不動産及び借地権付きの不動産の評価の考え方
父の遺産に、賃貸中のアパートと、他人に貸している土地(底地)が含まれております。兄は「路線価で評価すべきだ」と主張し、私は「実際にはそんな値段では売れない」と考えております。賃借人がいる不動産は、更地や空き家と同じように評価してよいのかが分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。賃貸中の不動産及び借地権が設定された土地は、所有者が自由に使用及び処分をすることができないため、これらの制約のない不動産と同じ水準では評価されないのが通常でございます。賃貸中の建物及びその敷地については、収益性を基礎とする考え方が重視され、また借家人がいることによる制約が減価の要素となり得ます。底地については、地代の水準、借地権の残存期間、更新の見通し、借地権者との関係といった事情が価格に大きく影響いたします。もっとも、これらの評価には幅があり、遺産分割においては当事者の主張が対立しやすい類型でございます。本記事では、評価の考え方と、主張の組み立て方を整理いたします。
第1節 評価の基本的な考え方
1 制約のある不動産は減価されます
不動産の価格は、所有者がその不動産をどのように使用し、処分し得るかによって左右されます。賃借人又は借地権者が存在する不動産は、所有者が自ら使用することができず、明渡しを求めるにも制約がございますので、これらの制約のない不動産よりも低い水準となるのが通常でございます。
表1 権利の制約と価格への影響
| 状態 | 所有者ができること | 価格への影響 |
|---|---|---|
| 更地 | 自由に使用、建築、処分をすることができます | 制約による減価はありません |
| 自ら使用している建物及びその敷地 | 自由に使用、処分をすることができます | 建物の状態による影響を受けます |
| 賃貸中の建物及びその敷地 | 賃料を得られますが自ら使用することはできません | 収益性が反映され、明渡しの制約が減価の要素となり得ます |
| 底地(借地権が設定された土地) | 地代を得られますが自ら使用することはできません | 更新の拒絶に正当の事由を要するため大きな制約となります |
| 借地権付きの建物 | 建物を使用できますが地代を支払い、譲渡等に承諾を要します | 承諾の要否、残存期間が影響いたします |
| 共有持分 | 単独では処分及び使用の決定ができません | 単独所有と異なる評価となり得ます |
2 評価の3つの考え方
不動産の鑑定評価においては、複数の考え方が用いられます。専門的な内容は不動産鑑定士の領域でございますが、主張を組み立てるうえで概略を理解しておくことが有用でございます。
表2 評価の考え方の概略
| 考え方 | 概略 | 適する対象 |
|---|---|---|
| 取引の事例との比較による考え方 | 類似する不動産の取引の事例と比較して求めます | 取引の事例が多い住宅地等 |
| 収益に着目する考え方 | 将来得られる収益を基礎として求めます | 賃貸用の不動産 |
| 費用に着目する考え方 | 再び調達する場合の費用を基礎として求めます | 建物、取引の事例が乏しい不動産 |
賃貸用の不動産については、収益に着目する考え方が重視されることが一般的でございます。
3 公的な評価との違い
固定資産税の評価額、相続税の路線価は、いずれも課税のために定められた評価でございます。実際の取引において成立する価格とは異なります。とりわけ、賃貸中の不動産及び底地については、公的な評価と実勢の価格との差が大きくなることがございます。
相続税に関する評価及び申告は税理士の業務でございます。当事務所は税務の相談をお受けする立場にはございませんので、税理士にご確認ください。
第2節 賃貸中の不動産の評価
1 収益性が中心となります
賃貸用の建物及びその敷地については、得られる賃料収入から必要経費を控除した純収益を基礎として価格を求める考え方が重視されます。したがって、賃料の水準、空室の状況、経費の額が価格に直接影響いたします。
表3 賃貸中の不動産の評価において確認する事項
| 事項 | 確認の内容 |
|---|---|
| 賃料の水準 | 現行の賃料、近隣の相場との比較 |
| 稼働の状況 | 空室の数、空室が続いている期間 |
| 契約の内容 | 普通建物賃貸借か定期建物賃貸借か、残存期間 |
| 賃借人の属性 | 滞納の有無、長期の入居者か |
| 敷金及び保証金 | 返還の義務の額 |
| 必要経費 | 固定資産税、保険料、修繕費、管理委託料 |
| 建物の状態 | 築年数、大規模修繕の要否 |
| 将来の見通し | 周辺の需要、競合の状況 |
2 賃借人がいることによる制約
建物の賃貸借については、期間の定めがある場合の更新の拒絶、期間の定めがない場合の解約の申入れのいずれについても、正当の事由が必要とされております(借地借家法第28条)。したがって、所有者が自ら使用したいと考えても、直ちに明渡しを求めることはできません。
この制約は、買主にとっての利用の自由を制限いたしますので、価格の減価の要素となり得ます。もっとも、収益を目的とする買主にとっては、安定した賃借人がいることが有利に働く面もございます。物件の性質及び想定される買主によって、評価の方向が異なります。
3 一棟のうち一部が空室である場合
空室が多い場合には、収益が低下している一方、明渡しの制約が小さくなります。空室率が高い物件については、賃貸用としての収益性と、更地又は建替えを前提とした価格の双方を検討することがございます。
4 定期建物賃貸借の場合
定期建物賃貸借(借地借家法第38条)による場合には、期間の満了により契約が終了し、更新がございません。したがって、普通建物賃貸借の場合と比べ、明渡しの制約が小さくなります。契約の類型を確認することが重要でございます。
第3節 底地及び借地権の評価
1 底地の評価
底地は、借地権が設定された土地の所有権でございます。所有者は地代を収受し得るにとどまり、自ら使用することができません。更新の拒絶には正当の事由が必要とされ(借地借家法第6条)、認められる場面は限られておりますので、制約は極めて大きいものでございます。
表4 底地の評価に影響する事情
| 事情 | 価格への影響の方向 |
|---|---|
| 地代の水準 | 公租公課に対する比率が高いほど価格は高くなる傾向にあります |
| 地代の改定の履歴 | 長年据え置かれている場合は収益性が低くなります |
| 借地権の残存期間 | 期間の長短が影響いたします |
| 借地権者との関係 | 買取りの意向がある場合は価格が高くなる余地があります |
| 更新料等の授受の慣行 | 収益の要素となり得ます |
| 適用される法律 | 旧借地法か借地借家法かにより制約の内容が異なります |
| 土地の立地及び形状 | 更地としての価値が基礎となります |
2 借地権の評価
借地権の価格は、建物の所有を目的として土地を使用し得る権利の価格でございます。借地権の存続期間、更新の見通し、地代の水準、譲渡の際の承諾の要否といった事情が影響いたします。
地代が低い水準にとどまっている場合には、借地権者にとって有利でございますので、借地権の価格が高くなる方向に働きます。逆に、地代が高い場合には、借地権の価格が低くなります。
3 底地と借地権を合わせた価格
底地と借地権とは、それぞれを別々に評価した価格の合計が、当該土地を更地として評価した価格に一致するとは限りません。両者が一体となることにより、それぞれの制約が解消され、合計を上回る価格となり得ます。この差が、底地と借地権とを併せて売却する方法、又は等価交換をする方法に意味を与えております。
4 相続税の評価との違い
相続税の課税においては、借地権割合が定められており、これに基づいて底地及び借地権の評価が行われます。もっとも、これは課税のための評価でございます。実際の取引において、この割合のとおりに価格が形成されるとは限りません。とりわけ底地については、市場での売却価格が課税上の評価を大きく下回ることがございます。
第4節 遺産分割における主張の組み立て
1 誰が取得するかによって主張が変わります
評価をめぐる主張は、誰が当該不動産を取得するかによって方向が逆になります。取得する側は評価を低く主張し、代償金を受け取る側は評価を高く主張することになります。まず、自らがいずれの立場に立つのかを明確にすることが出発点でございます。
表5 立場による主張の方向
| 立場 | 主張の方向 | 強調する事情 |
|---|---|---|
| 賃貸不動産を取得する側 | 低く評価すべきである | 空室、老朽化、修繕の必要、明渡しの制約 |
| 代償金を受け取る側 | 高く評価すべきである | 安定した収益、立地、賃料の水準 |
| 底地を取得する側 | 低く評価すべきである | 地代の低さ、更新の拒絶が困難であること、市場性の乏しさ |
| 底地について代償金を受け取る側 | 高く評価すべきである | 借地権者の買取りの意向、更地としての価値 |
| 借地権付き建物を取得する側 | 低く評価すべきである | 地代の負担、譲渡の承諾の必要、建物の老朽化 |
2 資料により裏付けること
主張は資料により裏付ける必要がございます。空室であることは募集の資料及び入金の記録により、修繕の必要は見積書及び写真により、地代の水準は納税通知書との比較により示すことになります。抽象的に「価値が低い」と述べるだけでは、主張として通りません。
3 鑑定を求めるかの判断
底地、借地権付きの不動産、賃貸中の不動産は、一般的な査定では適正な評価が得られにくい類型でございます。当事者の主張の開きが大きい場合には、鑑定を求めることが有用でございます。もっとも、費用と期間を要しますので、金額の差との比較が必要でございます。
4 現物での取得を目指すか、換価を目指すか
評価が争われる物件については、評価そのものを争うよりも、換価による分割を選択する方が合理的な場合がございます。実際に売却すれば、価格は市場において定まりますので、評価の争いが解消いたします。もっとも、底地のように市場性が乏しい物件では、換価が容易でないという問題が残ります。
第5節 案件において確認すべき事項
1 資料の確認
表6 ご相談の際に確認する資料
| 区分 | 資料 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 権利関係 | 登記事項証明書(土地及び建物) | 所有者、地上権の登記、担保権 |
| 権利関係 | 公図、地積測量図 | 形状、接道、境界 |
| 賃貸 | 賃貸借契約書、賃借人の一覧 | 賃料、期間、契約の類型、敷金 |
| 賃貸 | 入金の記録、空室の状況 | 実際の収益 |
| 借地 | 土地賃貸借契約書、地代の受領の記録 | 地代の水準、改定の履歴 |
| 経費 | 固定資産税の納税通知書、保険証券、修繕の資料 | 必要経費 |
| 評価 | 業者の査定書、路線価の資料 | 評価の目安 |
| 建物 | 建築の時期、修繕の履歴、現地の写真 | 建物の状態 |
2 確認する事項
表7 評価の検討において確認する事項
| 事項 | 確認の内容 |
|---|---|
| 自らの立場 | 取得する側か、代償金を受け取る側か |
| 契約の類型 | 普通建物賃貸借か定期建物賃貸借か |
| 適用される法律 | 借地について旧借地法か借地借家法か |
| 収益の実態 | 賃料、空室、経費の実際の数字 |
| 地代の水準 | 公租公課との比較、近隣との比較 |
| 主張の開き | 当事者の主張する金額の差 |
| 鑑定の要否 | 費用と差額との比較 |
| 換価の可能性 | 売却により解決し得るか |
第6節 弁護士に相談する意味
賃貸中の不動産及び借地権が絡む不動産の評価は、遺産分割において最も対立が生じやすい論点の一つでございます。
第一に、公的な評価と実勢の価格との差が大きい点です。路線価又は固定資産税の評価額をそのまま用いるべきという主張と、実際には売れないという主張とが正面から対立いたします。いずれの評価が当該場面において適切かを、根拠とともに主張する必要がございます。
第二に、権利関係の内容が価格に直結する点です。普通建物賃貸借か定期建物賃貸借か、旧借地法か借地借家法かによって、明渡しの見通しが異なり、価格も異なります。契約の内容を正確に把握することが出発点でございます。
第三に、評価の争いを避ける方法もある点です。換価による分割を選択すれば、価格は市場において定まり、評価の争いが解消いたします。評価を争うか、換価により解決するかという方針の選択が、期間と費用を大きく左右いたします。
弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約の内容を確認し、権利関係を確定させることです。第二に、収益の実態及び経費を把握し、評価の基礎となる数字を整理することです。第三に、自らの立場に応じた主張を組み立て、資料により裏付けることです。第四に、鑑定の要否を判断し、鑑定事項の設定について意見を述べることです。第五に、換価による分割を含めた解決の方針を設計し、協議、調停及び審判を代理することです。なお、不動産の鑑定評価は不動産鑑定士、相続税に関する評価及び申告は税理士の業務でございます。
なお、具体的な進め方は、不動産の内容、権利関係、当事者の意向等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 賃貸中のアパートは路線価で評価してよいですか。
路線価は相続税の課税のために定められた評価でございます。遺産分割においては、実際の取引において成立する価格を基礎とすることが一般的であり、賃貸用の不動産については収益性を反映させた評価が重視されます。
質問2 賃借人がいると価格は下がりますか。
所有者が自ら使用することができず、明渡しには正当の事由を要しますので、利用の自由が制限されることによる減価の要素となり得ます。他方、収益を目的とする買主にとっては安定した賃借人が有利に働く面もございます。物件の性質によります。
質問3 底地はどのように評価しますか。
地代の水準、借地権の残存期間、更新の見通し、借地権者の買取りの意向といった事情が影響いたします。更新の拒絶には正当の事由が必要とされ、認められる場面は限られておりますので、制約は大きいものでございます。
質問4 底地と借地権を足すと更地の価格になりますか。
必ずしも一致いたしません。両者が一体となることにより制約が解消され、それぞれを別々に評価した価格の合計を上回る価格となり得ます。この差が、併せて売却する方法に意味を与えております。
質問5 空室が多いのですが、評価にどう影響しますか。
収益が低下している点は減価の要素となります。他方、明渡しの制約が小さくなりますので、更地又は建替えを前提とした価格を検討する余地が生じます。空室率の高い物件では、双方の観点から検討いたします。
質問6 評価が折り合いません。どうすればよいですか。
複数の査定書により合理的な範囲を絞り込むこと、鑑定を求めること、換価による分割を選択することが考えられます。金額の差、鑑定の費用、期間を比較したうえで方針を定めることになります。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、遺産分割における不動産の評価に関するご相談をお受けしております。
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弁護士費用については、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
借地借家法 第3条(借地権の存続期間)、第5条第1項(借地契約の更新請求等)、第6条(借地契約の更新拒絶の要件)、第11条第1項(地代等増減請求権)、第28条(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)、第32条第1項(借賃増減請求権)、第38条(定期建物賃貸借)
民法 第249条第1項(共有物の使用)、第256条第1項(共有物の分割請求)、第258条(裁判による共有物の分割)、第898条(相続財産の共有)、第906条(遺産の分割の基準)、第907条(遺産の分割の協議又は審判)
その他 平成4年8月1日より前に設定された借地権については旧借地法が適用されます。不動産の鑑定評価は不動産鑑定士、相続税に関する評価及び申告は税理士の業務でございます。
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