過去の分をどこまで遡って請求できるのか

実家に兄が住み始めてから15年になります。これまで一度も対価を請求してまいりませんでしたが、このたび事情があって請求することにいたしました。15年分をまとめて請求できるものと考えておりましたが、弁護士から「遡ることができる範囲には限りがあります」と言われました。どこまで請求できるのかが分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。既に経過した期間についての対価の請求は、不当利得の返還請求として構成されるのが一般的であり、この請求権は、権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間の経過により時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。したがって、長年放置してきた場合には、請求し得る範囲が限られます。もっとも、催告により6か月の完成猶予を得ること(民法第150条第1項)、協議を行う旨の合意を書面でして完成猶予を得ること(民法第151条第1項)、相手方に債務を承認させて時効を更新すること(民法第152条第1項)といった方法がございます。着手の時期そのものが結果を左右する類型でございます。本記事では、期間の計算と実務上の手当てを整理いたします。

第1節 消滅時効の基本

1 債権の消滅時効の一般の規律

債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。前者を主観的起算点、後者を客観的起算点による期間と呼んでおります。

いずれか早い方の経過により時効が完成いたしますので、実務上は、5年の期間が問題となる事案が大半でございます。

表1 消滅時効の期間

区分 期間 起算点 根拠
主観的起算点による期間 5年 権利を行使することができることを知った時 民法第166条第1項第1号
客観的起算点による期間 10年 権利を行使することができる時 民法第166条第1項第2号
催告による完成猶予 6か月 催告の時から 民法第150条第1項
協議を行う旨の合意による完成猶予 合意の内容に応じます 合意の時等から 民法第151条第1項
裁判上の請求等による完成猶予及び更新 手続の終了まで及びその後 手続の開始から 民法第147条
承認による更新 承認の時から新たに進行いたします 承認の時 民法第152条第1項

2 対価の請求における起算点

共有物の独占使用に対する対価は、使用が継続している限り、日々発生し続ける性質のものと理解されます。したがって、時効も、各期間について順次進行いたします。

すなわち、15年間の使用があった場合、15年分がまとめて時効にかかるのではなく、古い期間から順に時効が完成していくという構造になります。その結果、請求の時点から遡って一定の期間分についてのみ請求し得るという帰結になります。

3 「知った時」の意味

主観的起算点である「権利を行使することができることを知った時」とは、権利の発生原因となる事実及び債務者を知った時をいうものと解されております。共有者が独占して使用している事実を知っていれば、通常はその時から進行いたします。

もっとも、共有者であること自体を知らなかった場合、相続の発生を知らなかった場合等には、起算点が後にずれる余地があります。事案の事情によります。

4 令和2年4月1日の改正との関係

債権の消滅時効に関する規定は、令和2年4月1日から施行された改正により変更されております。改正の前に生じた債権については、なお従前の例によるものとされておりますので、古い期間については、当時の規律により判断される部分が生じ得ます。この点は、事案ごとの検討を要します。

第2節 時効の完成を防ぐ方法

1 催告

催告があったときは、その時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成いたしません(民法第150条第1項)。ただし、催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、完成猶予の効力を有しないものとされております(民法第150条第2項)。

したがって、催告は、次の手段を採るまでの6か月の時間を確保するための手段でございます。内容証明郵便により、到達の日を明確にしておくことが実務上の要請です。

2 協議を行う旨の合意

権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、一定の期間、時効は完成いたしません(民法第151条第1項)。この合意は更新することができますが、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて5年を超えることができないものとされております(民法第151条第2項)。

相手方が協議に応じる姿勢を示している場合には、訴訟によらずに時間を確保することができる有用な方法でございます。書面によることが要件でございますので、電子メールその他の記録による場合には、要件を満たす形式かを検討する必要があります。

3 承認

時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始めます(民法第152条第1項)。承認は、債務の存在を認識している旨を表示することによって行われます。一部の弁済、支払の猶予の申入れ、残額の確認といった行為が承認に当たると評価されることがあります。

交渉の過程で相手方が「いくらかは払う」と述べた場合、その内容によっては承認と評価される余地があります。やり取りを記録に残しておくことが重要です。

4 裁判上の請求

裁判上の請求、支払督促、調停の申立て等がされたときは、その事由が終了するまでの間は時効は完成せず、確定判決等により権利が確定したときは、その終了の時から新たに時効が進行いたします(民法第147条)。最も確実な方法でございます。

表2 時効への対応の比較

手段 効果 要する労力 留意点
催告 6か月の完成猶予 小さい 再度の催告には効力がありません
協議を行う旨の合意 一定期間の完成猶予(通じて5年が上限) 中程度 書面によることが必要です
承認を得る 時効の更新 相手方の対応によります 承認と評価し得る内容かの検討を要します
訴えの提起 完成猶予及び確定による更新 大きい 費用と期間を要します
支払督促 同上 中程度 異議により訴訟に移行いたします
調停の申立て 完成猶予 中程度 不成立の場合は6か月以内の提訴を要します

第3節 実務上よく起きる問題

1 請求してこなかったことを不利に主張される

長年請求してこなかったという事実について、相手方から、無償で使用することについての別段の合意があったことをうかがわせる事情として主張されることがあります。もっとも、請求をしなかったことと、権利を放棄したこととは異なります。請求しなかった理由(関係の悪化を避けたい、親の存命中は言い出せなかった等)を説明できるようにしておくことが望まれます。

2 いつから使用が始まったかが不明確である

使用の開始時期が明確でない事案があります。住民票の異動の記録、公共料金の契約、近隣の記憶、被相続人の死亡の時期といった資料から特定いたします。

3 被相続人の生前の期間

被相続人の生前から居住していた場合、その期間については、被相続人と当該相続人との間の使用関係の問題となり、相続人が対価を請求し得る立場にありません。請求の対象となるのは、原則として相続開始の後の期間でございます。

4 使用貸借の推認が働く期間

被相続人と同居していた相続人については、判例法理により、遺産分割が終了するまでの間の使用貸借契約の成立が推認される場合があるとされております。この推認が働く期間については、そもそも対価の請求が認められない余地があります。

5 催告の後に手続を採らなかった

催告による完成猶予は6か月にとどまります。催告をした後、協議が長引いて6か月を過ぎてしまい、その間に更に時効が進行したという事案があります。催告をした日から6か月の期限を管理し、その間に協議を行う旨の合意、又は訴えの提起といった次の手段を採る必要があります。

6 相続開始から10年の経過との関係

消滅時効とは別に、相続の開始から10年が経過すると、遺産分割において特別受益及び寄与分を主張することが原則として制限されます(民法第904条の3)。対価の請求と遺産分割とを併せて進める場合には、この期間も併せて管理する必要があります。

第4節 検討する選択肢

1 選択肢の全体像

表3 過去分の請求における手順

段階 内容 期間の目安
1 期間の確定 使用の開始時期、相続開始の時期、時効の状況を確認いたします 数週間
2 金額の算定 賃料相当額を認定し、持分を乗じて請求額を算定いたします 数週間から数か月
3 催告 内容証明郵便により請求し、完成猶予を図ります 数日
4 協議 金額及び支払の方法について協議いたします 1か月から数か月
5 協議を行う旨の合意 協議が続く場合に書面により合意し、猶予を延長いたします 数週間
6 訴えの提起 協議が調わない場合に提訴いたします 1年前後
7 回収 任意の履行又は強制執行によります 数か月

2 まず期限を管理すること

過去分の請求においては、金額の精緻な算定よりも、まず時効の進行を止めることが優先いたします。算定に時間をかけている間に、更に古い期間が時効にかかっていきます。概算により催告を行い、その後に金額を詰めるという順序が合理的な場合があります。

3 将来分と併せて請求する

過去分の請求と併せて、将来に向けた対価の取決めを求めることが一般的です。将来分については時効の問題が生じませんので、まず将来分の合意を得たうえで、過去分の精算を交渉するという進め方もあります。

4 共有物分割と併せて検討する

過去分の回収が困難である事案、相手方に資力がない事案では、金銭の請求のみを追求することが合理的でない場合があります。共有物分割の手続の中で、過去の精算を含めた総合的な解決が図られることもあります。

第5節 案件において確認すべき事項

1 資料の確認

表4 ご相談の際に確認する資料

区分 資料 確認する内容
権利関係 登記事項証明書 共有者、持分、取得の時期
相続 被相続人及び相続人の戸籍 相続開始の時期、相続人の範囲
使用 住民票、公共料金の契約、現地の状況 使用の開始時期
経緯 これまでのやり取りの記録、手紙、電子メール 請求の有無、承認と評価し得る発言
費用 固定資産税の納税通知書、領収書 控除の対象となる費用
賃料 近隣の募集の資料、業者の査定書 賃料相当額
合意 覚書、念書 別段の合意の有無

2 確認する事項

表5 期間の検討において確認する事項

事項 確認の内容
使用の開始時期 いつから独占して使用しているか
相続開始の時期 請求の対象となる期間の始期
知った時期 主観的起算点となる時期
過去の請求の有無 催告と評価し得る行為があったか
相手方の発言 承認と評価し得るものがあるか
使用貸借の推認 被相続人と同居していた相続人か
遺産分割の状況 未了か、成立しているか
相続開始から10年 経過が迫っていないか

第6節 弁護士に相談する意味

過去分の請求は、着手の時期が結果を直接に左右するという特徴があります。

第一に、放置している間に権利が失われていく点です。時効は各期間について順次進行いたしますので、迷っている間に古い期間から順に請求し得なくなります。金額の算定を待たずに、まず時効の進行を止める手当てを講じることが重要です。

第二に、完成猶予の手段の使い分けが必要である点です。催告は6か月にとどまり、再度の催告には効力がありません。協議を行う旨の合意は書面によることが要件であり、通算の上限もございます。それぞれの効果と限界を踏まえて選択する必要があります。

第三に、相手方の発言の評価が重要である点です。交渉の過程における相手方の発言が承認に当たると評価されれば、時効が更新されます。逆に、こちらの対応によって別段の合意があったと主張される余地も生じます。やり取りの記録の残し方が結果に影響いたします。

弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、使用の開始時期、相続開始の時期、起算点を確定させることです。第二に、請求し得る期間と金額を算定することです。第三に、催告その他の方法により時効の完成を防ぐことです。第四に、相手方の発言を承認として整理し、又は不利な主張を防ぐことです。第五に、交渉、調停及び訴訟を代理し、共有物分割を含む解決の順序を設計することです。

なお、具体的な交渉の進め方は、共有者の構成、従前の経緯、不動産の内容、相手方の対応等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 15年分をまとめて請求できますか。

できないことが通常でございます。対価は日々発生する性質のものであり、時効も各期間について順次進行いたします。したがって、古い期間から順に時効が完成し、請求の時点から遡って一定の期間分についてのみ請求し得るという帰結になります。

質問2 これまで一度も請求していません。不利になりますか。

請求してこなかったという事実が、無償で使用することについての別段の合意をうかがわせる事情として主張される可能性があります。もっとも、請求しなかったことと権利を放棄したこととは異なります。請求しなかった理由を説明できるようにしておくことが望まれます。

質問3 まず何をすればよいですか。

内容証明郵便による催告を行い、時効の完成を6か月猶予することが第一歩となります。そのうえで、金額の算定を進め、協議又は訴えの提起といった次の手段を6か月以内に採ることになります。

質問4 相手が「いくらかは払う」と言いました。意味はありますか。

その内容によっては、債務の承認と評価され、時効が更新される余地があります。やり取りを記録に残しておくことが重要です。書面又は電子メールにより確認しておくことが望まれます。

質問5 催告を2回すれば1年猶予されますか。

いいえ。催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、完成猶予の効力を有しないものとされております(民法第150条第2項)。6か月以内に次の手段を採る必要があります。

質問6 親が生きていた頃から住んでいます。その期間も請求できますか。

被相続人の生前の期間については、被相続人と当該相続人との間の使用関係の問題であり、相続人が対価を請求し得る立場にありません。請求の対象となるのは、原則として相続開始の後の期間でございます。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、共有不動産の独占使用に関するご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、登記事項証明書、被相続人及び相続人の戸籍、固定資産税の納税通知書、これまでのやり取りの記録、住民票その他の使用の開始時期が分かる資料をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。

弁護士費用については、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第147条(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)、第150条(催告による時効の完成猶予)、第151条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)、第152条第1項(承認による時効の更新)、第166条第1項(債権等の消滅時効)、第249条第1項(共有物の使用)、第249条第2項(持分を超える使用の対価の償還義務)、第253条第1項(管理の費用の負担)、第256条第1項(共有物の分割請求)、第258条(裁判による共有物の分割)、第703条(不当利得の返還義務)、第704条(悪意の受益者の返還義務)、第898条(相続財産の共有)、第904条の3(相続開始から10年経過後の遺産分割)

その他 債権の消滅時効に関する規定は令和2年4月1日から施行された改正により変更されており、改正前に生じた債権については従前の例によるものとされております。被相続人と同居していた相続人についての使用貸借契約の成立の推認に関する判例法理。

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