海外に居住する相続人から必要な書類を取り付ける方法
母が亡くなり、相続人は私と、20年以上前から海外で暮らしている妹の2人でございます。妹とは連絡が取れておりますが、実家の相続登記を進めようとしたところ、司法書士から「妹さんの印鑑証明書が必要です」と言われました。海外に居住しているため日本の住民登録がなく、印鑑登録もございません。どのように進めればよいのかが分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。海外に居住し日本の住民登録がない相続人については、印鑑登録証明書及び住民票を取得することができません。これに代わるものとして、居住する国の日本の在外公館において作成される署名証明(サイン証明)及び在留証明を用いることが一般的です。署名証明は印鑑登録証明書に、在留証明は住民票に相当する役割を果たします。もっとも、在外公館での証明は本人が出向いて行う必要があり、書類の内容が確定していなければ手続ができません。したがって、遺産分割協議書の案を先に完成させ、これを海外へ送付し、在外公館において証明を受けたうえで返送してもらうという順序になります。往復に相応の期間を要しますので、工程の管理が重要です。本記事では、手順と注意点を整理いたします。
第1節 海外に居住する相続人に関する基本
1 相続人であることに変わりはありません
海外に居住していることは、相続人としての地位に影響いたしません。日本の国籍を有しない場合であっても、被相続人が日本人であれば、相続に関する法律関係は原則として被相続人の本国法によるものとされております。したがって、海外に居住する相続人も、遺産分割の協議に参加する必要があります。
2 住民登録がない場合に生じる問題
海外への転出により日本の住民登録が抹消されている場合、印鑑登録も消除されます。その結果、遺産分割協議書に添付すべき印鑑登録証明書、及び相続登記に必要な住民票を取得することができません。
表1 国内の相続人と海外に居住する相続人の書類の対比
| 用途 | 国内に居住する場合 | 海外に居住し住民登録がない場合 |
|---|---|---|
| 本人が作成したことの証明 | 実印による押印及び印鑑登録証明書 | 在外公館における署名証明 |
| 住所の証明 | 住民票 | 在外公館における在留証明 |
| 身分関係の証明 | 戸籍 | 戸籍(日本国籍を有する場合は取得できます) |
| 相続放棄 | 家庭裁判所への申述 | 同様。書類の往復に期間を要します |
3 署名証明の2つの形式
在外公館において作成される署名証明には、実務上、2つの形式がございます。
表2 署名証明の形式
| 形式 | 内容 | 用途 |
|---|---|---|
| 綴り合わせる形式 | 提出する書類そのものに署名し、証明書と綴り合わせて割印を受けるもの | 遺産分割協議書に用いるのはこの形式です |
| 単独の形式 | 署名の見本のみを証明するもの | 用途によります。遺産分割協議書には適さない場合があります |
遺産分割協議書については、書類そのものと綴り合わせる形式によることが求められるのが通常です。したがって、協議書の案が完成していなければ、在外公館での手続を行うことができません。この点が、工程を組むうえで最も重要な制約となります。
4 在留証明
在留証明は、在外公館において、その国に居住していること及びその住所を証明するものです。相続登記の申請において住民票に代わるものとして用いられます。一定期間その国に居住していること等の要件がありますので、取得の可否をあらかじめ確認する必要があります。
第2節 手順
1 全体の流れ
表3 海外に居住する相続人がいる場合の手順
| 段階 | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 1 相続人の確定 | 被相続人の出生から死亡までの戸籍を収集いたします | 1か月から数か月 |
| 2 連絡及び説明 | 海外の相続人に相続の発生及び遺産の内容を説明いたします | 数週間 |
| 3 遺産の調査 | 不動産、預貯金その他の遺産を調査し、評価を確認いたします | 1か月から数か月 |
| 4 協議の内容の合意 | 電子メール等により内容について合意を形成いたします | 数週間から数か月 |
| 5 協議書の案の完成 | 署名を受ける書面を確定させます | 数週間 |
| 6 海外への送付 | 協議書及び手続の説明書を送付いたします | 1週間から数週間 |
| 7 在外公館での手続 | 本人が出向き、署名証明及び在留証明を取得いたします | 予約の状況によります |
| 8 返送 | 署名済みの協議書及び証明書が返送されます | 1週間から数週間 |
| 9 登記及び名義の変更 | 相続登記の申請、預貯金の解約等を行います | 1か月から数か月 |
期間はいずれも一般的な目安であり、居住する国、在外公館の所在地からの距離、郵便事情によって大きく異なります。
2 協議書の案を先に固めることが要点です
綴り合わせる形式の署名証明を用いる以上、書面が確定していなければ手続を行えません。内容に修正が生じるたびに、送付、出向、返送を繰り返すことになり、そのつど数週間から1か月以上が失われます。
したがって、送付の前に、遺産の範囲、評価、取得する者、代償金の額、清算の方法を確定させ、電子メール等により内容の了解を得ておくことが不可欠です。
3 送付する書類に説明を添える
海外の相続人にとって、日本の手続は分かりにくいものです。次の事項を記載した説明書を添えることが実務上有用です。
表4 説明書に記載する事項
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 手続の目的 | 相続登記及び預貯金の解約のために必要である旨 |
| 出向く先 | 管轄する在外公館の名称、所在地、予約の方法 |
| 持参するもの | 本件の書類、旅券その他の本人確認の資料 |
| 取得するもの | 署名証明(綴り合わせる形式)及び在留証明 |
| 署名の方法 | 公館の職員の面前で署名する旨、事前に署名しない旨 |
| 手数料 | 在外公館において必要となる旨。額は公館にご確認いただきます |
| 返送の方法 | 返送先、追跡が可能な方法によること |
| 期限 | 希望する返送の時期 |
4 事前に署名しないこと
署名証明は、公館の職員の面前で署名することにより行われます。あらかじめ署名した書類を持参しても、証明を受けられないことがあります。この点は、送付の際に明確に伝えておく必要があります。
第3節 実務上よく起きる問題
1 在外公館が遠方である
居住地から在外公館までの距離が大きい場合、出向くこと自体が負担となります。国によっては、往復に数日を要することもあります。手続の回数を最小限にする工程を組むことが、相続人の負担を減らすことにつながります。
2 協議の内容に変更が生じる
送付の後に遺産が新たに判明する、評価が変わる、他の相続人の意向が変わるといった事情により、書面を作り直すことがあります。遺産の調査を尽くしてから書面を確定させることが、結果として最も早い進め方となります。
3 日本国籍を有しない場合
相続人が日本国籍を有しない場合には、戸籍が存在いたしません。この場合には、本国の官憲が発行する身分に関する証明書等により、相続人であることを証明することになります。書類には翻訳を添えることが必要となるのが通常です。取扱いは登記所その他の提出先により異なりますので、事前の確認が必要です。
4 署名証明が受けられない場合
在留証明については、その国に一定期間居住していること等の要件があり、渡航して間もない場合等には取得できないことがあります。この場合の取扱いについては、提出先に確認したうえで対応を検討いたします。
5 相続放棄を希望する場合
海外に居住する相続人が相続の放棄を希望する場合には、家庭裁判所への申述が必要です。自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内という期間の制限があり(民法第915条第1項)、書類の往復を考えると余裕がありません。早期に方針を確認することが重要です。なお、この期間は家庭裁判所において伸長することができるものとされております。
6 時差及び言語の問題
連絡の往復に時差が影響し、確認に日数を要することがあります。また、日本語の書面の内容を正確に理解していただくために、要点を整理した説明を添えることが有用です。
第4節 検討する選択肢
1 選択肢の全体像
表5 海外に相続人がいる場合の進め方
| 手段 | 内容 | 期間の目安 | 適する場面 |
|---|---|---|---|
| 協議書の往復による方法 | 署名証明を添えた協議書により遺産分割を成立させます | 数か月 | 連絡が取れ、内容に争いがない場合 |
| 代理人による方法 | 委任状により日本の代理人が手続を行います | 数か月 | 本人が出向く回数を減らしたい場合 |
| 遺産分割の調停 | 家庭裁判所の手続により分割を定めます | 1年から2年程度 | 内容に争いがある場合 |
| 換価による分割 | 不動産を売却し、代金を分配いたします | 数か月から1年 | 海外の相続人が現金を希望する場合 |
| 相続人である旨の申出 | 相続登記の申請義務を履行したものとみなされる制度です | 数週間 | 遺産分割に時間がかかる場合の暫定の措置 |
| 相続の放棄 | 相続人としての地位を失わせます | 3か月以内の申述 | 承継を希望しない場合 |
2 委任状による方法
海外の相続人が、日本にいる者に手続を委任するという方法があります。委任状についても在外公館における署名証明を要しますので、出向くこと自体は避けられませんが、その後の個別の手続について繰り返し出向く必要がなくなります。委任の範囲を適切に定めることが重要です。
3 相続人である旨の申出を先行させる
遺産分割に時間を要する場合には、相続登記の申請義務との関係が問題となります。相続人である旨を登記所に申し出ることにより、申請義務を履行したものとみなされる制度が設けられております(不動産登記法第76条の3)。遺産分割が長引く見込みがある場合には、この制度の利用を検討いたします。
4 換価による分割
海外に居住する相続人が、日本の不動産の持分を取得しても管理が困難であることから、現金による取得を希望する場合が多くあります。この場合には、不動産を売却して代金を分配する方法が現実的です。売却に当たっても署名証明を要する場面がありますので、あらかじめ手続の回数を見込んだ工程を組みます。
第5節 案件において確認すべき事項
1 資料の確認
表6 ご相談の際に確認する資料
| 区分 | 資料 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 相続 | 被相続人の出生から死亡までの戸籍 | 相続人の範囲 |
| 相続 | 相続人の戸籍、戸籍の附票 | 海外への転出の記録 |
| 相続 | 遺言書 | 遺言があれば手続が異なります |
| 遺産 | 不動産の登記事項証明書、固定資産税の納税通知書 | 遺産の内容と評価 |
| 遺産 | 預貯金の残高証明書 | 換価し得る財産の有無 |
| 海外の相続人 | 現在の居住地、連絡先 | 管轄する在外公館の特定 |
| 海外の相続人 | 旅券の写し、国籍に関する情報 | 日本国籍の有無 |
| 経緯 | これまでのやり取りの記録 | 意向の把握 |
2 確認する事項
表7 工程を組むうえで確認する事項
| 事項 | 確認の内容 |
|---|---|
| 居住する国及び都市 | 管轄する在外公館と、そこまでの距離 |
| 日本国籍の有無 | 戸籍による証明が可能か |
| 在留証明の要件 | 居住の期間等の要件を満たすか |
| 本人の意向 | 不動産の取得を希望するか、現金を希望するか |
| 手続の回数 | 署名証明を要する場面が何回生じるか |
| 相続開始からの期間 | 10年の経過が迫っていないか |
| 相続登記の期限 | 3年の期間との関係 |
第6節 弁護士に相談する意味
海外に相続人がいる事案は、内容に争いがなくとも手続だけで時間を要するという特徴があります。
第一に、工程の設計が結果を左右する点です。書面が確定していなければ在外公館での手続ができないため、送付の前に内容を固めることが不可欠です。修正のたびに数週間から1か月以上が失われます。遺産の調査を尽くし、評価を確定させ、内容の了解を得てから送付するという順序が、最も早い進め方となります。
第二に、書類の要件が提出先により異なる点です。署名証明の形式、在留証明の要否、日本国籍を有しない場合の証明の方法は、登記所、金融機関その他の提出先によって取扱いが異なることがあります。事前の確認を怠ると、やり直しとなります。
第三に、期間の制約がある点です。相続の放棄には3か月、相続登記には3年、遺産分割における特別受益及び寄与分の主張には相続開始から10年という期間があります。書類の往復に要する期間を織り込んだ管理が必要です。
弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、戸籍を収集して相続人を確定させることです。第二に、遺産を調査し、評価を確認することです。第三に、海外の相続人との連絡及び内容の調整を行うことです。第四に、遺産分割協議書及び委任状を作成し、手続の説明書を添えて送付することです。第五に、提出先ごとの書類の要件を確認し、登記その他の手続を司法書士等と連携して進めることです。なお、登記の申請は司法書士、税務は税理士の業務でございます。
なお、具体的な進め方は、相続人の居住する国、遺産の内容、当事者の意向等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 妹は海外にいて印鑑証明書がありません。どうすればよいですか。
居住する国の日本の在外公館において作成される署名証明を用いることが一般的です。遺産分割協議書については、書類そのものと綴り合わせる形式によることが求められるのが通常です。
質問2 協議書に先に署名してもらってから送ってもらってよいですか。
署名証明は公館の職員の面前で署名することにより行われます。あらかじめ署名した書類を持参しても証明を受けられないことがありますので、その旨を伝えておく必要があります。
質問3 どのくらいの期間がかかりますか。
戸籍の収集、遺産の調査、内容の調整、書類の往復、在外公館での手続を経ますので、数か月を要することが一般的です。居住する国、在外公館までの距離、郵便事情によって大きく異なります。
質問4 妹は日本国籍を離脱しています。戸籍がありませんが大丈夫ですか。
本国の官憲が発行する身分に関する証明書等により、相続人であることを証明することになります。翻訳を添えることが必要となるのが通常です。取扱いは提出先により異なりますので、事前の確認が必要です。
質問5 妹は「日本の不動産はいらない」と言っています。
不動産を売却して代金を分配する方法(換価による分割)が現実的です。売却に当たっても署名証明を要する場面がありますので、手続の回数を見込んだ工程を組みます。
質問6 遺産分割が長引きそうですが、相続登記の期限は大丈夫ですか。
相続人である旨を登記所に申し出ることにより、申請義務を履行したものとみなされる制度が設けられております(不動産登記法第76条の3)。遺産分割が長引く見込みがある場合には、この制度の利用を検討いたします。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、海外に相続人がいる場合の遺産分割に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、被相続人及び相続人の戸籍、戸籍の附票、不動産の登記事項証明書、固定資産税の納税通知書、海外の相続人の連絡先及び居住地が分かる資料をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
弁護士費用については、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第898条(相続財産の共有)、第904条の3(相続開始から10年経過後の遺産分割)、第907条(遺産の分割の協議又は審判)、第915条第1項(相続の承認又は放棄をすべき期間)
不動産登記法 第76条の2(相続等による所有権の移転の登記の申請義務)、第76条の3(相続人である旨の申出)
その他 法の適用に関する通則法(相続は被相続人の本国法によるものとする定め)。在外公館における署名証明及び在留証明の取扱い。具体的な要件、手数料及び予約の方法は、居住地を管轄する在外公館にご確認ください。
関連するご案内
相続人が海外にいる又は行方が分からず相続登記が進まずお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しております。ご相談は事前予約制です。
あわせてお読みください。
- 相続人の一部と連絡が取れない場合の遺産分割の進め方
- 不在者の財産の管理人と失踪の宣告の使い分け
- 何代も相続登記がされていない場合の相続人の確定
- 相続登記の申請義務と過料の取扱い
- 遺産分割における不動産の評価の考え方
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

