判断能力が低下した共有者がいる不動産の処分の進め方
母と兄と私の3人で共有している実家を売却することにいたしましたが、母が施設に入所しており、契約の内容を理解することが難しい状態でございます。不動産業者からは「このままでは契約ができない」と言われました。兄は「母の代わりに自分が署名すればよい」と申しますが、それでよいのかが分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効となります(民法第3条の2)。したがって、判断能力を欠く共有者の名で売買契約を締結しても、その効力が否定される可能性があります。親族が代わりに署名することは、無権代理となるほか、事案によっては別の問題を生じ得ます。適法に処分を進めるには、判断能力の程度に応じて、成年後見、保佐又は補助の制度を利用することになります。居住用の不動産の処分については、家庭裁判所の許可が別途必要とされております。また、後見人と本人との利益が相反する場合には、特別代理人の選任等の手続が必要です。本記事では、手順と期間の見通しを整理いたします。
第1節 判断能力と法律行為の効力
1 意思能力を欠く法律行為は無効です
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効となります(民法第3条の2)。意思能力とは、自己の行為の結果を弁識するに足りる精神的な能力をいうものと解されております。
したがって、判断能力を欠く状態にある共有者を当事者として売買契約を締結しても、後にその効力が否定される可能性があります。買主にとっては取引の安全が損なわれるため、実務上、不動産業者及び司法書士は、そのような状態での取引に応じないのが通常です。
2 親族が代わりに行うことはできません
親族であるという理由だけで、本人に代わって法律行為を行う権限が生じるものではありません。代理権のない者が本人の名で行った行為は無権代理となり、本人の追認がなければ本人に対して効力を生じません(民法第113条第1項)。判断能力を欠く本人による追認も期待し得ませんので、この方法によることはできません。
3 判断能力の程度に応じた3つの制度
表1 法定後見の3つの類型
| 類型 | 対象となる状態 | 選任される者 | 主な権限 | 根拠 |
|---|---|---|---|---|
| 後見 | 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者 | 成年後見人 | 財産に関する法律行為についての包括的な代理権 | 民法第7条、第8条、第859条 |
| 保佐 | 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者 | 保佐人 | 重要な財産上の行為についての同意権。申立てにより特定の行為の代理権 | 民法第11条、第13条、第876条の4 |
| 補助 | 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者 | 補助人 | 申立てにより定められた特定の行為についての同意権又は代理権 | 民法第15条、第17条、第876条の9 |
保佐の場合、不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為については、保佐人の同意を得なければならないものとされております(民法第13条第1項)。同意を得ないでした行為は取り消すことができます。
4 任意後見契約がある場合
本人が判断能力を有していた時期に任意後見契約を締結していた場合には、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することにより、任意後見が開始いたします。契約に定められた代理権の範囲に不動産の処分が含まれているかを確認する必要があります。
第2節 居住用不動産の処分と利益相反
1 居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要です
成年後見人が、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければなりません(民法第859条の3)。この許可を得ないでした行為は無効となるものと解されております。
注意を要するのは、現に居住していない場合であっても、居住の用に供する予定がある建物、又は過去に居住していて将来戻る可能性がある建物については、居住用不動産に当たると判断されることがあるという点です。施設に入所しているという事情のみで、居住用不動産でなくなるものではありません。
表2 居住用不動産の処分の許可において考慮される事項
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 処分の必要性 | 施設の費用、医療費、生活費の確保のために必要か |
| 本人の帰宅の可能性 | 将来において当該建物に戻る見込みがあるか |
| 代替する住居の有無 | 処分後の生活の場が確保されているか |
| 売却の条件 | 価格が相当か、買主との関係に問題がないか |
| 本人の意向 | 本人が意思を表明し得る場合のその内容 |
| 親族の意向 | 推定相続人その他の親族の意見 |
2 利益相反となる場合
成年後見人と成年被後見人との利益が相反する行為については、成年後見人は、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求しなければなりません。ただし、成年後見監督人がある場合には、成年後見監督人が本人を代表いたします。
共有不動産の場面では、この問題が生じやすくなります。例えば、判断能力の低下した母の成年後見人に長男が選任されている場合において、母と長男の共有である不動産を長男が買い取ろうとするときは、典型的な利益相反となります。また、遺産分割の協議において、後見人自身も相続人である場合も同様です。
表3 共有不動産で利益相反となり得る場面
| 場面 | 内容 |
|---|---|
| 後見人が本人の持分を買い受ける | 売主と買主の双方の立場に立つことになります |
| 後見人も相続人である遺産分割 | 取得する財産の配分について利益が対立いたします |
| 後見人が共有者である不動産の分割 | 分割の方法及び代償金の額について利益が対立いたします |
| 本人の財産から後見人へ貸付け又は贈与を行う | 本人の財産の減少と後見人の利益とが対立いたします |
| 本人の不動産に後見人の債務の担保を設定する | 本人に一方的な負担が生じます |
3 第三者が後見人に選任される場合
親族の間に対立がある場合、財産が多額である場合、利益相反の場面が予想される場合等には、弁護士、司法書士、社会福祉士といった第三者が成年後見人に選任されることがあります。誰が選任されるかは家庭裁判所が判断するものであり、申立ての際に候補者を挙げても、そのとおりに選任されるとは限りません。
第3節 実務上よく起きる問題
1 制度の利用を躊躇する
成年後見が開始すると、本人の財産の管理は成年後見人が行うこととなり、家庭裁判所への定期的な報告が必要となります。また、原則として本人が亡くなるまで継続いたします。不動産の売却のためだけに利用することができない点が、しばしば躊躇の理由となります。この点は、他に採り得る手段がないという現実と併せて、あらかじめご説明しております。
2 申立てから開始までに時間がかかる
申立てには、診断書、本人の財産及び収支に関する資料、親族の意見に関する資料といった書類の準備が必要です。鑑定が実施される場合には、さらに期間を要します。売却の期限が迫っている場面では、時間の見通しを早期に立てることが重要です。
3 親族の間で候補者について対立がある
誰を後見人の候補者とするかについて親族の間に対立がある場合、家庭裁判所は第三者を選任することが多くなります。対立が深い場合には、後見監督人が選任されることもあります。
4 遺産分割の場面
相続人の一人の判断能力が低下している場合、その者を除いて行われた遺産分割の協議は無効となります。成年後見人等が選任され、その者が協議に参加する必要があります。後見人が他の相続人でもある場合には、特別代理人の選任が必要となります。
5 共有物分割の場面
共有物分割の協議及び訴訟においても、判断能力を欠く共有者については後見人等が関与する必要があります。訴訟については、訴訟能力の問題として、法定代理人によることになります。
6 所在等が不明である場合との違い
共有者の所在が不明である場合には、所在等不明共有者の持分の取得(民法第262条の2)その他の制度がありますが、これは所在が分からない場合の制度であり、所在は判明しているが判断能力が低下している場合には用いることができません。両者を混同しないよう注意が必要です。
第4節 検討する選択肢
1 選択肢の全体像
表4 判断能力が低下した共有者がいる場合に採り得る手段
| 手段 | 内容 | 期間の目安 | 適する場面 |
|---|---|---|---|
| 後見開始の審判の申立て | 事理を弁識する能力を欠く常況にある場合の制度です | 数か月 | 判断能力が著しく低下している場合 |
| 保佐開始の審判の申立て | 能力が著しく不十分な場合の制度です。代理権の付与を併せて申し立てます | 数か月 | 一定の判断は可能な場合 |
| 補助開始の審判の申立て | 能力が不十分な場合の制度です。特定の行為について定めます | 数か月 | 限定的な支援で足りる場合 |
| 任意後見の開始 | 任意後見監督人の選任を申し立てます | 数か月 | 任意後見契約がある場合 |
| 特別代理人の選任 | 利益相反となる行為について選任を求めます | 1か月から数か月 | 後見人が相手方となる場合 |
| 居住用不動産の処分の許可 | 家庭裁判所の許可を求めます | 1か月から数か月 | 居住用の不動産を処分する場合 |
| 処分の延期 | 処分を行わず、賃貸その他の方法で管理いたします | — | 急ぐ必要がない場合 |
| 他の共有者の持分のみの処分 | 判断能力のある共有者の持分のみを処分いたします | 数か月 | やむを得ない場合。価格は低くなるのが通常です |
2 手続の順序
表5 売却に至るまでの流れ
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 判断能力の確認 | 主治医の診断書等により状態を確認いたします |
| 類型の選択 | 後見、保佐、補助のいずれによるかを検討いたします |
| 申立ての準備 | 診断書、財産目録、収支の資料、戸籍等を準備いたします |
| 家庭裁判所への申立て | 本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てます |
| 調査及び鑑定 | 調査官による調査、必要に応じて鑑定が行われます |
| 審判及び選任 | 開始の審判とともに後見人等が選任されます |
| 利益相反の確認 | 必要な場合には特別代理人の選任を申し立てます |
| 居住用不動産の処分の許可 | 居住用に当たる場合には許可の申立てを行います |
| 売買契約及び登記 | 契約を締結し、所有権の移転の登記を申請いたします |
3 登記及び評価は他の資格者の業務です
所有権の移転の登記の申請は司法書士、不動産の鑑定評価は不動産鑑定士、税務は税理士の業務でございます。当事務所は、家庭裁判所への申立て、親族間の協議及び紛争の解決を担当し、これらの専門家と連携して進めます。
第5節 案件において確認すべき事項
1 資料の確認
表6 ご相談の際に確認する資料
| 区分 | 資料 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 権利関係 | 登記事項証明書 | 共有者、持分、担保権の有無 |
| 本人の状態 | 主治医の診断書、介護保険の認定に関する資料 | 判断能力の程度 |
| 本人の状況 | 施設の契約書、入所の状況 | 居住の状況、費用の負担 |
| 財産 | 預貯金の通帳、有価証券、負債の資料 | 財産の全体、処分の必要性 |
| 親族 | 戸籍、親族関係の一覧 | 推定相続人の範囲、意見 |
| 契約 | 任意後見契約公正証書 | 代理権の範囲 |
| 売却 | 業者の査定書、買主との交渉の資料 | 価格の相当性 |
| 税 | 固定資産税の納税通知書 | 評価額、負担の状況 |
2 確認する事項
表7 手続の選択において確認する事項
| 事項 | 確認の内容 |
|---|---|
| 判断能力の程度 | 後見、保佐、補助のいずれの類型に当たるか |
| 任意後見契約の有無 | 締結されているか、代理権の範囲に処分が含まれるか |
| 居住用に当たるか | 現在及び将来の居住の可能性 |
| 利益相反の有無 | 後見人の候補者が共有者又は相続人でないか |
| 処分の必要性 | 費用の確保のために必要か |
| 親族の意向 | 推定相続人の間に対立がないか |
| 時間的な余裕 | 売却の期限があるか |
第6節 弁護士に相談する意味
判断能力が低下した共有者がいる場面は、手続の選択を誤ると、契約そのものが無効となる危険を伴います。
第一に、無効の危険がある点です。意思能力を欠く状態でされた法律行為は無効であり、居住用不動産について家庭裁判所の許可を得ずにされた処分も無効と解されております。手続を省略して進めた取引は、後に覆される可能性を残します。
第二に、利益相反の見落としが生じやすい点です。親族が後見人となる場合、共有不動産の売買、遺産分割、共有物分割のいずれの場面でも利益相反となり得ます。この点を見落とすと、行為の効力が争われます。
第三に、手続に相応の期間を要する点です。申立てから開始まで数か月を要し、居住用不動産の許可、特別代理人の選任がさらに加わります。売却の期限がある場合には、逆算した工程の管理が必要です。
弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、判断能力の程度を確認し、適する類型を選択することです。第二に、家庭裁判所への申立てを行い、必要な資料を整えることです。第三に、利益相反の有無を判定し、特別代理人の選任等の手続を採ることです。第四に、居住用不動産の処分の許可の申立てを行うことです。第五に、親族間に対立がある場合の調整及び共有物分割その他の紛争の解決を代理することです。
なお、具体的な進め方は、本人の状態、親族の構成、不動産の内容等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 母は施設におりますが、代わりに私が署名してはいけませんか。
親族であることのみを理由として本人に代わって法律行為を行う権限が生じるものではありません。代理権のない者が本人の名で行った行為は無権代理となり、本人の追認がなければ効力を生じません。適法な代理権を得る手続が必要です。
質問2 売却のためだけに後見の制度を利用することはできますか。
成年後見は、原則として本人が亡くなるまで継続する制度であり、特定の売却が終われば終了するというものではありません。この点をご理解いただいたうえで、他に採り得る手段がないかを併せて検討いたします。
質問3 施設に入っているので、実家は居住用ではないのではありませんか。
施設に入所しているという事情のみで居住用不動産でなくなるものではありません。将来において戻る可能性がある建物についても居住用不動産に当たると判断されることがありますので、慎重な検討が必要です。
質問4 私が後見人になって、母の持分を私が買い取ることはできますか。
売主と買主の双方の立場に立つことになり、典型的な利益相反となります。家庭裁判所に特別代理人の選任を求めるか、後見監督人がある場合には監督人が本人を代表することになります。
質問5 申立てからどのくらいの期間がかかりますか。
資料の準備、調査、必要に応じた鑑定を経ますので、数か月を要することが一般的です。居住用不動産の処分の許可及び特別代理人の選任が必要な場合には、さらに期間が加わります。事案により大きく異なります。
質問6 私の持分だけを先に売ることはできますか。
自己の持分のみを売却することは、他の共有者の同意なく行うことができます。もっとも、共有持分のみを取得しようとする第三者は限られ、価格は相当程度低くなるのが通常です。他の方法と比較したうえで判断することが望まれます。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、共有者又は相続人の判断能力の低下に関する不動産のご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
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弁護士費用については、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第3条の2(意思能力)、第7条(後見開始の審判)、第8条(成年被後見人及び成年後見人)、第9条(成年被後見人の法律行為)、第11条(保佐開始の審判)、第13条第1項(保佐人の同意を要する行為)、第15条(補助開始の審判)、第17条(補助人の同意を要する旨の審判等)、第113条第1項(無権代理)、第262条の2(所在等不明共有者の持分の取得)、第859条(財産の管理及び代表)、第859条の3(成年被後見人の居住用不動産の処分についての許可)、第876条の4(保佐人に代理権を付与する旨の審判)、第876条の9(補助人に代理権を付与する旨の審判)、第907条(遺産の分割の協議又は審判)
その他 任意後見契約に関する法律(任意後見監督人の選任により任意後見が開始することの定め)。成年後見人と成年被後見人との利益が相反する行為についての特別代理人の選任及び成年後見監督人による代表の定め。
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