管理している共有者に収支の報告を求める方法
相続した賃貸マンションを姉が一人で管理しております。家賃も経費も姉の口座で処理されており、こちらには通帳も契約書も見せてもらえません。「面倒を見ているのは自分だ」と言われるばかりで、いくら入っていくら出ているのかが全く分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。共有する賃貸不動産を管理している共有者に対して、他の共有者は、収支の状況を明らかにするよう求めることができます。もっとも、その根拠は事案の構成によって異なります。委任又は準委任の関係が認められる場合には、受任者の報告義務(民法第645条)を根拠とすることができ、そのような関係が認められない場合であっても、賃料の分配及び費用の求償の請求の前提として、資料の開示を求めることになります。開示に応じない場合には、訴訟の中で文書提出命令又は調査の嘱託を用いる方法があり、開示しないという態度自体が事実の認定に影響することもあります。本記事では、報告を求める根拠と実務上の進め方を整理いたします。
第1節 報告を求める根拠
1 委任又は準委任の関係が認められる場合
共有者の間で、一人が他の共有者のために管理を引き受けるという合意がある場合には、委任又は準委任の関係が成立していると評価し得ます。受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならないものとされております(民法第645条)。
また、受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければなりません(民法第646条第1項)。賃料の受領はこれに当たり得ます。受任者が委任者に引き渡すべき金額を自己のために消費したときは、消費した日以後の利息を支払わなければならないものとされております(民法第647条)。
表1 委任の関係が認められる場合の効果
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 報告義務 | 請求があればいつでも処理の状況を報告し、終了後は経過及び結果を報告いたします | 民法第645条 |
| 受取物の引渡義務 | 受領した賃料等を引き渡さなければなりません | 民法第646条第1項 |
| 金銭の消費についての利息 | 引き渡すべき金額を自己のために消費したときは利息を支払います | 民法第647条 |
| 費用の償還 | 受任者は支出した必要な費用の償還を請求することができます | 民法第650条第1項 |
| 報酬 | 特約がなければ報酬を請求することができません | 民法第648条第1項 |
2 委任の関係が認められない場合
明確な合意がなく、事実上一人が管理してきたにすぎない場合には、委任の関係を直ちに認めることが難しいことがあります。この場合には、報告義務そのものを独立の請求として構成することが困難となります。
もっとも、賃料の分配の請求及び費用の求償の請求を行うに当たり、その額を特定するために資料が必要となります。実務上は、金銭の請求と資料の開示の請求とを併せて行い、開示がなされない場合には訴訟手続の中で資料を求めるという進め方になります。
3 事務管理として構成する余地
義務なく他人のために事務の管理を始めた者は、本人が管理をすることができるに至るまで管理を継続しなければならず、本人の請求があるときは管理の状況を報告しなければならないものとされております。共有者の一人が他の共有者のために管理を行っている場合について、事務管理の規定によって報告を求める構成が採られることがあります。事案の事情により、どの構成が適するかが異なります。
4 共有物の管理者が定められている場合
共有者が共有物を管理する者を選任している場合には、管理者は共有者のために職務を行うものとされております。管理者が共有者の決定に反する行為をした場合の効力、管理者に対する監督の在り方についても定めが置かれております。管理者を正式に選任することは、報告の体制を明確にする方法の一つです。
第2節 実務上よく起きる問題
1 「親から任されていた」と主張される
被相続人の生前から管理を担当していた相続人が、「親から任されていた」として、他の相続人に対する報告を拒む例があります。被相続人との間の委任は、委任者の死亡によって終了するのが原則です(民法第653条第1号)。したがって、相続開始後の管理について、生前の委任を根拠として報告を拒むことは困難です。
2 通帳を見せないまま「赤字だ」と言われる
収支が赤字であるとの説明のみがなされ、裏付けとなる資料が示されない例が多くあります。支出の事実、金額及び必要性は、これを主張する側が資料により明らかにすべきものです。書面により、対象期間、求める資料の種類を具体的に特定して開示を求めることが第一歩となります。
表2 開示を求める資料
| 区分 | 資料 | 確認できる事項 |
|---|---|---|
| 収入 | 賃貸借契約書、賃借人の一覧 | 賃料、共益費、契約の期間、敷金 |
| 収入 | 賃料の入金が記帳された通帳の写し | 実際の入金額と時期、滞納の有無 |
| 収入 | 更新契約書、駐車場の契約書 | 更新料、駐車場の使用料 |
| 支出 | 固定資産税及び都市計画税の納税通知書、領収書 | 税額と納付の事実 |
| 支出 | 火災保険及び地震保険の証券、領収書 | 保険料 |
| 支出 | 修繕の見積書、請求書、領収書、工事の写真 | 工事の内容、必要性、金額 |
| 支出 | 管理委託契約書、委託料の請求書 | 管理会社の有無、委託料の額 |
| 支出 | 水道光熱費、清掃費の請求書 | 共用部分の費用 |
| 借入れ | 金銭消費貸借契約書、返済の記録 | 被相続人の債務の有無と返済 |
3 管理会社が入っている場合
外部の管理会社に委託している場合には、管理会社が作成する月次の収支報告書が存在いたします。この場合には、管理している共有者を経由せずに、管理会社に対して所有者の一人として資料の提供を求めることが考えられます。もっとも、管理会社は委託者との契約関係に基づいて業務を行っておりますので、任意の提供が得られないこともあります。
4 賃借人の情報の取扱い
賃借人の氏名、連絡先といった情報の開示を求めることになりますが、これらは個人に関する情報でもあります。開示を求める目的が賃料の分配の確認にあることを明らかにし、目的に必要な範囲にとどめることが相当です。
5 開示に応じない場合の対応
任意の開示に応じない場合には、賃料の分配を求める訴訟を提起し、その手続の中で資料を求めることになります。文書提出命令の申立て、金融機関に対する調査の嘱託といった方法があります。また、相手方が資料を提出しないまま収支を争う場合には、こちらが立証した収入の額を前提として判断がなされる可能性が高まります。
6 時期に関する制約
報告を求めること自体に期間の制限があるわけではありませんが、これに基づく金銭の請求には消滅時効の制約があります。不当利得の返還請求権は、権利を行使することができることを知った時から5年、又は権利を行使することができる時から10年の経過により時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。放置した期間が長いほど、報告を得ても請求し得る範囲が限られることになります。
第3節 検討する選択肢
1 選択肢の全体像
表3 収支の報告を求めるための手段
| 手段 | 内容 | 期間の目安 | 適する場面 |
|---|---|---|---|
| 書面による開示の請求 | 対象期間と資料を特定して開示を求めます | 数週間 | 最初の段階 |
| 内容証明郵便による請求 | 報告及び分配を求め、時効の完成猶予も図ります | 数週間 | 任意の求めに応じない場合 |
| 管理会社への照会 | 所有者の一人として資料の提供を求めます | 数週間 | 外部委託がある場合 |
| 管理者の選任又は変更 | 持分の価格の過半数により管理の体制を改めます | 数か月 | 請求する側が過半数の持分を有する場合 |
| 賃料の分配を求める訴訟 | 金銭の請求とともに手続の中で資料を求めます | 1年前後 | 任意の開示が得られない場合 |
| 文書提出命令の申立て | 訴訟の中で相手方に文書の提出を命ずるよう求めます | 訴訟の中で数か月 | 特定の文書の所在が分かっている場合 |
| 調査の嘱託 | 金融機関等に対する調査を裁判所に求めます | 訴訟の中で数か月 | 入金の状況を確認する場合 |
| 共有物分割 | 共有関係そのものを解消いたします | 1年から2年程度 | 関係の継続が困難な場合 |
2 請求書面の作り方
開示の請求は、抽象的に「資料を見せてほしい」と述べるだけでは実効性がありません。次の事項を特定して記載することが重要です。
表4 開示の請求書面に記載する事項
| 事項 | 記載の内容 |
|---|---|
| 対象物件 | 登記事項証明書の記載に従って特定いたします |
| 自己の持分 | 持分の割合とその根拠 |
| 対象期間 | 始期と終期を明示いたします |
| 求める資料 | 種類ごとに列挙いたします |
| 開示の方法 | 写しの郵送、閲覧の日時と場所 |
| 回答の期限 | 相当な期間を定めます |
| 応じない場合の対応 | 法的手続を検討する旨 |
| 分配の請求 | 併せて賃料の分配を求める旨と概算額 |
3 将来に向けた報告の体制を定める
過去の分の報告を得ても、翌月から同じ状態に戻るのでは意味がありません。報告の頻度、様式、添付する資料、分配の時期を定める合意を結ぶことが望まれます。賃料の受領のための専用の口座を設け、共有者が入出金を確認し得る状態にする方法も有用です。
4 共有関係の解消と併せて検討する
報告と分配が得られたとしても、共有関係が続く限り、管理の在り方をめぐる対立は繰り返されます。各共有者はいつでも共有物の分割を請求することができ(民法第256条第1項)、協議が調わないときは裁判所に分割を請求することができます(民法第258条第1項)。報告の請求は、共有物分割における代償金の算定の前提としても意味を持ちます。
第4節 案件において確認すべき事項
1 資料の確認
表5 ご相談の際に確認する資料
| 区分 | 資料 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 権利関係 | 登記事項証明書 | 共有者、持分、担保権の有無 |
| 相続関係 | 被相続人及び相続人の戸籍 | 相続人の範囲、法定相続分 |
| 相続関係 | 遺言書、遺産分割協議書 | 持分の取得の経緯 |
| 管理の経緯 | 管理を任せる旨のやり取りの記録 | 委任の関係が認められるか |
| 賃貸 | 入手し得た賃貸借契約書、募集の資料 | 賃料の水準の手掛かり |
| 収支 | 過去に受け取った報告書、分配の記録 | 従前の取扱い |
| 経緯 | 報告を求めたやり取りの記録 | 拒絶の理由と態度 |
| 税 | 固定資産税の納税通知書 | 評価額、納税義務者 |
2 法律関係に関する確認事項
表6 構成の選択において確認する事項
| 事項 | 確認の内容 |
|---|---|
| 管理を任せた経緯 | 明示の合意があるか、黙示の合意と評価し得るか |
| 従前の報告の有無 | 過去に報告や分配が行われていた時期があるか |
| 被相続人との関係 | 生前の委任か、相続開始後に始まった管理か |
| 管理会社の有無 | 外部への委託があるか |
| 持分の割合 | 請求する側が過半数を有するか |
| 遺産分割の進行 | 未了か、既に成立しているか |
| 時効の状況 | 遡り得る期間はどこまでか |
第5節 弁護士に相談する意味
収支の報告を求める問題は、金銭の請求の前段階に位置しますが、ここで行き詰まると、その後の請求が一切進まないという性質を持ちます。
第一に、請求の根拠の選択が結果を左右する点です。委任又は準委任の関係が認められるかによって、報告義務を独立の請求として構成し得るかが変わります。事案の事情に応じた構成を選ぶ必要があります。
第二に、任意の開示が得られない場合の手当てが必要である点です。訴訟における文書提出命令、調査の嘱託といった手続を用いるには、対象となる文書及び照会先を特定する必要があります。あらかじめ、どの資料がどこに存在するかを想定しておくことが重要です。
第三に、時期の制約がある点です。報告を得た時点で既に消滅時効により請求し得ない期間が生じていることがあります。報告の請求と併せて、催告により時効の完成猶予を図っておくことが実務上重要となります。
弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、管理を任せた経緯を確認し、請求の根拠となる法律関係を判定することです。第二に、開示を求める資料と対象期間を特定した書面を作成し、送付することです。第三に、開示された資料を分析し、請求し得る金額を算定することです。第四に、任意の開示が得られない場合に、訴訟及びその中での資料の収集の手続を進めることです。第五に、将来に向けた報告及び分配の体制を設計することです。
なお、具体的な交渉の進め方は、共有者の構成、従前の経緯、不動産の内容、相手方の態度等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 通帳を見せてほしいと言っても応じてくれません。強制できますか。
任意の開示を強制する直接の手段はありません。もっとも、賃料の分配を求める訴訟を提起し、その手続の中で文書提出命令の申立て、金融機関に対する調査の嘱託を用いる方法があります。また、資料を提出しないまま収支を争う態度は、事実の認定において不利に働くことがあります。
質問2 姉は「親から任されていた」と言っています。
被相続人との間の委任は、委任者の死亡によって終了するのが原則です(民法第653条第1号)。相続開始後の管理について、生前の委任を根拠として他の相続人への報告を拒むことは困難です。
質問3 管理会社に直接聞いてもよいですか。
所有者の一人として資料の提供を求めること自体は可能です。もっとも、管理会社は委託者との契約関係に基づいて業務を行っておりますので、任意の提供が得られないこともあります。その場合には、訴訟における調査の嘱託を検討することになります。
質問4 どこまで遡って報告を求められますか。
報告を求めること自体に明確な期間の制限があるわけではありませんが、これに基づく金銭の請求には消滅時効の制約があります。実務上は、時効により消滅していない期間を中心に、対象期間を定めて請求することになります。
質問5 報告の内容が信用できない場合はどうすればよいですか。
提出された収支の一覧について、原資料である通帳の写し、領収書、契約書との突合を求めることになります。一覧のみが提出され、原資料が示されない場合には、その点を指摘して追加の開示を求めます。
質問6 報告を求めると関係が決定的に悪くなりそうです。
ご懸念はもっともですが、放置しても状況は改善せず、消滅時効により請求し得る範囲が狭まっていくという性質の問題です。第三者である弁護士が窓口となることで、感情的な対立を避けながら手続を進められる場合があります。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、共有する賃貸不動産の管理及び収支の報告に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、登記事項証明書、被相続人及び相続人の戸籍、遺産分割協議書又は遺言書、これまでに受け取った報告書、相手方とのやり取りの記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
弁護士費用については、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第166条第1項(債権等の消滅時効)、第252条第1項(共有物の管理)、第253条(管理の費用の負担)、第256条第1項(共有物の分割請求)、第258条(裁判による共有物の分割)、第645条(受任者による報告)、第646条第1項(受任者による受取物の引渡し)、第647条(受任者の金銭の消費についての責任)、第648条第1項(受任者の報酬)、第650条第1項(受任者による費用の償還の請求)、第653条第1号(委任者の死亡による委任の終了)、第703条(不当利得の返還義務)、第898条(相続財産の共有)
その他 事務管理に関する規定(義務なく他人のために事務の管理を始めた者の管理の継続及び報告に関する定め)、共有物の管理者に関する規定(令和3年の民法の改正により設けられたもの)
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